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騎士団が前線に到着したとテオドアから報告があったその翌日。オーガとの戦いっぷりをテオドアの目を通して魔力念話で見させてもらった。
先ず先陣を切ったのは勿論、黒騎士様だ。オーガの群れに鎧の体とは思えない程のスピードで突っ込み、腰に差していたアダマンタイト製のロングソードを片手に次々とオーガ共を切り捨てていく。
その少し後ろには黒騎士の邪魔にならないよう騎士団が隊列を組み、周りのオーガを抑えている。
一人で敵陣の中央を突破しようとする黒騎士と堅実にオーガ達を一掃する騎士団の動きは、思いの外連携が取れているように思えた。
『おいおい、何だよあれ。本当に人間か? 俺様も黒騎士の噂は昔から聞いていたが、まさかこれ程とはな…… 帝国を活動拠点にしなくて正解だったぜ。あんなの相手にしたくねぇよ』
テオドアが戦慄するのも当然だ。闇の神から助力を得た黒騎士は、その身を神が作製したという鎧と同化する事で、疲れも知らず何処までも戦い続けられる肉体となっている。
黒騎士の剛剣もさることながら魔法の威力も凄まじいものだった。細長い影のような物がオーガ共を絡め取っては動きを封じ、剣で切り裂き、そのまま縛り上げて骨を折り殺していたりとまさに無双状態だ。
あれは闇魔法か? 初めて見るけど、えげつない魔法だな。うぉっ! 地面から生えた影にオーガ達が串刺しにされていく。敵とは言えあんな悲惨な最期を迎えるのを見ると、気の毒に感じてしまうよ。
しかし肝心のギガンテスが見当たらない。まだなのか、それとも今日は出てこないつもりなのか。結局この日は帝国の快進撃で幕が下り、ギガンテスは最後まで出てこなかった。
アグネーゼが兵士から聞いた所によれば、毎日現れる程ではないらしいし、明日あたり出てくるのかな?
こうして黒騎士を含めた騎士団が加わった初戦は帝国側の大勝利を収める形となった。これでまた一歩、前線を押し返す事に成功する。この調子でオーガキングへと突っ走って欲しいものだ。
◇
帝国の快進撃から数日、前線から送られる通信は何れも黒騎士の活躍でオーガ達を押しているというものばかり。オーガキングを討つのも時間の問題だと、この基地もすっかり勝利ムードになっていた。
「ほら! 俺の言った通りすよね! 黒騎士様の手に掛かればオーガ共も例の魔物だって敵じゃないっすよ! 」
あれから一度だけギガンテスが現れた日があったが、黒騎士の圧倒的な力で倒され、黒いヘドロのように溶けて消えていく。それには散々苦汁を飲まされていた前線の兵士達は声を上げて喜んでいた。
「治療所へ送られてくる兵士達の数が目に見えて減っています。これ程うれしい事はありません。もうすぐオーガとの戦争が終わりを向かえるのですね」
黒騎士や騎士団の活躍で、大怪我を負う兵士の数が極端に減った事をアグネーゼは喜び、また神に感謝の祈りを捧げている。
何だかここまで順調だと逆に心配になってくる俺はひねくれているのだろうか? だけど素直に喜べない自分がいる。
カーミラの事だ、こんなあっさりと引き下がるとは思えない。帝国が戦況を覆したその裏に、何か企みがあるのではないかと疑ってしまう。良く分からない不安が胸に渦巻いている時、テオドアから魔力念話が送られてきた。
『相棒、ここ何日か見ていて疑問に思ったんだけどよ。戦場の死体ってのは一晩で消えるもんなのか? 』
ん? 戦場の死体だって? 余裕があれば死体処理や回収をする場合もあるだろうけど、大抵は戦争が終わった後にやるもんだよな?
『それはオーガの死体も消えてるのか? 』
『あぁ、全部の死体だ。綺麗さっぱり消えてやがる。誰かが持ち出した痕跡もない。アンデットになるにしても、もうちょい時間が掛かるもんだし、ちょいと気になってな』
何やら嫌な予感がする。戦争が長引いた結果、何が残る? それは大量の死体だ。ギガンテスは人工の魔物でその材料は主にオークの肉体。そして今回消えたのは帝国の兵士とオーガの死体。
まさかカーミラの狙いは魔物を造り出す為の材料集めだったのでは? でもオーガだけでなく人間の死体も持って行っているのは何故だ? いや、あの盗賊の頭領だったゼパルダの事もある。人間の死体を用いて何かを造り出す事もある可能性もゼロではない。
そうなると、俺達はカーミラに手駒となる材料を大量に与えた事になる。そして黒騎士が来てから明らかにギガンテスが召喚される頻度が落ちた。もう十分集まったから引いたのだろうか?
『今度は帝国にオーガ共を殲滅させようとしているようにも見えるな』
ギルが俺の思考を読み取っていたかのように入ってくる。
『いや、考えてる事駄々漏れだったよ? たまにあるから注意しないと。あたし達はあんたの中にいるってのを忘れちゃ駄目だよ? 』
あぁ、そうか。俺の思考がアンネやギル達に魔力を通して伝わっていたのか。うっかりしていた、変な事を考えていなくて良かったよ。
『それで、ギルの言う帝国にオーガを殲滅させようとしているとは? 何でそう思うんだ? 』
『うむ、彼奴はオークキングを手中に納めていると我等は思っているな? ならばオーガキングも狙うとは考えられぬか? 向こうには複数の魔物を一つにする技術がある。今いる魔物の王達を集め一つにした場合どうなる? そして、世の理通りに其奴が魔王となった時、人間にとってどれほどの脅威となるかは想像に容易いのではないか? 』
それじゃ死体はついでで、本来の目的はオーガキングって事か? カーミラの目的は全ての魔物の王を一つに? それならアンデッドキングもその標的なのか? だとしたらクレス達も危ないかも知れない。マナフォンで気を付けるようにと警告しておこう。
もし本当にオーガキングが目的なら、必ず阻止しなくてはならない。それには先ずオーガキングが何処にいるのか探る必要があるな。
俺はテオドアにオーガキングの捜索を頼んだ。カーミラ達がまだオーガキングに手を出していないという事は、おいそれと手が出せない状況の中にいるのかも。だから黒騎士を利用してオーガ達を…… だとすると、戦争を長引かせたのも初めから黒騎士を誘き出す為とも考えられる。向こうも黒騎士の事は知っている筈だからな。そう思うと何もかもが彼女の手の平で転がされているような気分になってしまうよ。