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「ち、違います! 帝国を害しようなんて微塵も考えてはいません! 」
勘弁してくれよ。こんなのと真っ正面からやり合おうなんて、俺に自殺願望はないぞ。
「ほぅ、ならば別の目的があると言うのだな? 悪いが話して貰うぞ? お主からは神の力だけでなく、強者の気配も幾つか感じる。とても見過ごせるものではない」
この人は俺の中にいるギルやアンネの存在まで感づいているのか。これは下手な誤魔化しは通用しないだろうな。これ以上警戒されたままでは生きた心地はしないし、話すしかないか。
俺は正直に此処へ来た理由を話した。
「ふむ、神に仇為し世界を壊す――か。何とも豪胆な者よ。あの時の生意気な小娘が、そんな事を企むようになるとは…… 時の流れとは存外に速いものなのだな」
うん? なんかおかしいな? 今の黒騎士の口振りだと、昔からカーミラを知っている風に聞こえるんだが?
「あの、カーミラをご存知なのですか? 」
「あぁ、あれは何時だったか…… まだ魔王が倒される以前の事、勇者に選ばれたという小僧と共にいた小娘がいた。あろうことに其奴は余に、何の見返りも用意せず魔王討伐に力を貸せと言ってきたのだ。無論その話は断った、余は帝国さえ守れればそれで良い。その後、魔王を打ち倒すと周りから賢者と呼ばれる様になり、思わず失笑したのを覚えておる」
あれ? それが事実なら、この黒騎士は五百年は生きてるって事だよな? 聞いていた話と違うぞ、黒騎士は様々な人が受け継いできたものじゃなかったのか?
「お主の言いたい事は分かる。世間に広まっている黒騎士の噂は殆ど出鱈目だ。帝国が生まれてから今まで七百年の間、黒騎士は余の一人だけである」
「なら、貴方は七百年間ずっと黒騎士を? 失礼ですが人間ではないのですか? 」
「うぬ? 余を見ても何も気付かぬのか? お主も同じだと思ったのだがな。余は人間だったのだ…… 七百年前、帝国を護る為に余は神に願った。老いもせず、疲れもせず、眠りもせず、腹も減らず、休む事なく戦える肉体を欲した。そしてその祷りは属性神の一柱である闇の神に届き、神が作りし闇の力を宿した鎧と余の肉体が融合したのがこの体だ。この力を以て、帝国を永遠のものとする。余がいる限り帝国は決して滅びぬのだ! 」
国を護る為だけに人間を捨てたのか。なんという愛国心の塊、いき過ぎてこれはもう狂気の類いだ。それにしても、神は祈ればそんな簡単に力を与えたりするのか?
『やはり闇の神が関与していたか。あの御方の気紛れにはほとほと困ったものだ』
『そだね~、結構考えなしに行動する所があんだよね。それで前に一度大変な事になったし、その後始末に苦労させられたよ』
ギルとアンネはその時の事を思い出しては、呆れたように首を振っていた。過去に何があったのかは怖いから聞かないけど、闇の神様ってのはトラブルメーカー的な存在のようだ。
「神から力を得るには代償が伴うものだ。余の場合は最早生き物とは呼べぬ体になってしまった。お主のその歪な肉体も、神に力を求めた結果なのではないのか? 」
いや、どうなんだろ? 確かに、神様の影響でこんな体になってはいるけど、少なくとも望んではいない。
「…… この体は生れつきです」
「ならば、生まれながらにして神に選ばれたという事か。それは災難であったな。余も自らが望んだとは言え、手放しで喜べる様なものではない。しかしお主は選択する機会すらも与えて貰えぬとは。酷な運命を背負わされたものだ」
なんだろう、さっきまで警戒されてたのに今度は同情されてるんですけど。もうどう反応して良いのか分からないよ。
「お主の話は信じよう、その人の身ではあり得ない膨大な魔力が証拠だ。疑う余地はない。カーミラの小娘め、生意気にも余の国に牙を向けたか。良いだろう、自分が如何に愚かな行為に及んだのか思い知らせてやろうぞ」
「それでは、協力してくれるのですか? 」
「世界を壊すと言うのなら、帝国が無くなるも同意。それは決して許されるものではない。だが、お主に協力するとは少し違うな。余は余のやり方で帝国を護るだけ、他の事には興味もない。どんな被害が起ころうとも、結果的に帝国さえ残ればそれで良いのだ」
絶対帝国主義者って訳だね。ある意味分かりやすい人ではあるな。それでも、カーミラの味方にならないだけでも有り難い。
「はい、それで結構です。此方としても、カーミラさえ止めてくれるのなら」
「…… お主、名はなんと言う? 」
「えっ? あっ、これは名乗りもせずに失礼致しました。私はライルと申します。レグラス王国のレインバーク領にあるインファネースという港湾都市で、小さな雑貨屋を営んでおります」
「ほぅ、あのインファネースか。噂は良く耳にしているぞ。うむ…… お主なら構わぬか、然らば余も名乗るとしよう。余の名は、“ベネディクト・ベヒトルスハイム・アスタリク” アスタリク帝国、初代皇帝である」
…… は? 初代皇帝?
「えっと…… 何で初代皇帝陛下が黒騎士として戦っていらっしゃるのですか? 城にいなくても宜しいので? 」
「馬鹿を言え、城になぞ居ては戦えぬだろうが。玉座に座ってばかりの皇帝より、黒騎士として暴れていた方が何百倍も有意義であろう? なればこそ皇帝の座を降りたのだ。政は臣下がやってくれる。皇帝とは案外暇なのだよ」
帝国の兵士に脳筋が多い理由が分かった気がする。最初の最高権力者がこれだもんな。皇帝を決める大会ってのも、きっとこの人が決めたのだろう。
何が神の力を得るには代償を払うだよ。その体を思いっきり満喫してるじゃないか、この戦闘狂め。