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なんか今日は一段と基地全体の空気がピリピリしている気がするな。誰もが緊張を隠しきれていない様子だ。何かあったのだろうか?
「明日には騎士団による増援部隊が来るんすよ」
何時も軽い感じのレスターも、緊張しているのか表情が硬い。
「騎士団が来る事はそんなに緊張するものなんだ? 」
「まぁ騎士様達の相手は確かに緊張ものなんすけど、今回は少し事情が違ってて…… オーギュスト砦から連絡があったんすが、なんと増援に来た騎士団の中に、あの黒騎士様がいらっしゃるらしいすよ! 」
黒騎士? と頭を傾げる俺とエレミアを見て、レスターは目を見張った。
「なんで知らないんすか! 帝国の黒騎士と言ったら他国でも名を轟かす程有名なのに!! 」
そんな事言われたって、知らないもんは知らないんだよな。
「そんなに有名なんだ? その黒騎士様ってのは」
「そりゃ帝国の英雄っすからね。男なら誰もが憧れる存在なんすよ。それが間近で見られると思うと…… あぁ、緊張で心臓がバクバクいってるっす」
帝国の英雄か、確かにそんな大層な人物が来ると分かれば、このピリピリとした空気も納得がいく。要はもの凄い有名人が来るから皆揃ってそわそわしてる訳だな。
「黒騎士様は、帝国が誕生した頃からずっと国を守護してきた存在ですからね。帝国の人々には憧れと尊敬を、それ以外では畏怖と絶望を与えてきました。黒騎士様が動けば戦況は大きく変わる。それほど影響力が強いお方なのです」
丁度今日の分の果物を買いにきていた神官長のアグネーゼが話に加わってきた。
「建国以来ずっとですか? 」
「はい。帝国の窮地を救い、国の礎を築いたと歴史にあります。後に帝国の守護者として、黒騎士の名と共に引き継がれているらしいですよ」
「そうっす! 黒騎士というのは、帝国最強の騎士だという証なんす! この国で憧れない人なんていないんすよ! 」
成る程、過去の偉業を他国への抑止力として利用しているのか? そんな英雄の名を引き継ぐ者が、今回オーガとの戦争にいよいよ参加するって事か。
実質帝国最強の人物が来るんだ、疲れきっている前線の兵や将達の士気は上がるだろう。軍の上層部はこの戦争に終止符をつける為、切り札を切って来たようだ。
「恐らくですが、この増援でオーガ達を一気に叩くおつもりなのでしょう。予定よりも大分時間が掛かっています。これ以上は国の兵力と物資が悪戯に削られるだけで、此方が得るものは何もありませんからね。やっと上の人達が重い腰を上げたということでしょうか」
オーガだけなら集めた兵士達で殲滅、又は撃退するのにそんなに時間は掛からなかっただろう。そのことを踏まえると、やはりカーミラ達は戦争を長引かせるのが目的か?
「あの魔物のせいで、負傷者や死亡者が日に日に増えています。黒騎士様のお力で、早くこの戦争を終わらせてくれることを切に願います」
期待と悲しみを込めた眼差しで、アグネーゼは果物が入っている籠に視線を落とした。
「大丈夫っすよ! 黒騎士様なら、オーガも、その魔物だって、直ぐにやっつけてくれるっすから! もう帝国の勝利は約束されたも同然っす!! 」
何処までも黒騎士に妄信的なレスターは、もう負ける事はないと確信しているようだ。帝国ができておよそ七百年の歴史と一緒に最強の黒騎士は受け継がれてきている。疑えと言う方が難しいか。
黒騎士―― 祖国では敬愛され、他国では畏怖される存在。一体どの様な人物なのだろう?
◇
翌日、遂に待ちに待った増援部隊がこの前進基地へと到着した。志願兵達に配られる大量生産された武具と違って、一人一人が白銀に輝く騎士の鎧に身を包み、一糸乱れず行進する様は得も言われぬ感動と興奮をこの身に呼び起こすようだった。
そんな騎士達の先頭に一際目立つ存在がいた。神聖な雰囲気を持つ騎士とは逆に、暗黒を身に纏ったかのような何処までも黒く、刺々しい全身鎧、額とこめかみ辺りに角のような突起が二対生えている禍々しい兜は恐怖すら覚える。所々穴が空き端はボロボロにほつれている漆黒のマントが風にたなびく様は、数々の激戦を潜り向けたと思わせるには充分だった。
あれが黒騎士か。遠目で見ただけでも背筋が凍る思いだ。恐いなんてレベルじゃない、まるで闇が人の形を為しているような錯覚に陥る。あれは本当に人間なのか? 確かに敵なら恐怖の対象になる。あんなのに憧れるなんて帝国はどうかしてるぞ。俺としては絶対にお近づきになりたくはないね。
そういう意味なら、目立たない隅で出店を開いて正解だったな。彼処を宛がってくれたカッシアーノ卿には感謝するよ。
この基地は今や前線基地へと行く為の補給地となっているので、そんなに長くは滞在しないだろう。それに英雄として有名な黒騎士様には様々なおもてなしがされるだろうから、こんな所に寄る暇もない筈。
あんなのと関り合いになるのはごめんだね。この基地から去ってくれるまで大人しくしていよう。
しかし、俺のそんな小さな願望は叶わなかった。これも神様が望んだ運命ってやつなのかね…… この出会いが俺にとって、良いものなのか悪いものなのかは、まだ分からない。