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「あらあら、いつまでそこに居るつもりなの? 夕飯の準備を手伝ってちょうだい」
ダイニングルームからエルフの女性が声を掛けてきた。全体的にエレミアと似ていて、長い緑の髪を後で束ねている。
ただひとつ、決定的に違う箇所がある――それは“胸”である。 エレミアは控えめに言って“小丘”といったところ……しかし、あのエルフの女性は、なんと立派な――それはもう“山”としか言いようがない。雄大で誰もが挑戦したくなるような見事なものだ。
「はじめまして、私はこの子たちの母でララノアよ。よろしくね」
俺が二つの山に眼を奪われていたら、話し掛けられていた。
「あ、はい……俺は、ライルと言います。暫くの間ですが、ご厄介になります」
母親だったのか、姉かと思った。すごく若々しい見た目をしている。外で見かけたエルフ達も、きっと見た目通りじゃ無いんだろうな……
「今いくわ、お母さん……それじゃ、また後でねライル君」
そう言うとエレミアとララノアはキッチンへと消えていった。
「これからお前が使う部屋へ案内するからついてきてくれ」
エドヒルが二階へ上がっていくのでついていくと、二階の端にある部屋に通された。
その部屋は広くもなく、かといって狭すぎと言うわけでもなく、ベッドとクローゼットが置いてあるだけの部屋だった。
「他に必要な物があったら、言ってほしい」
「いえ、十分です。 ありがとうございます」
うん、丁度いい広さだ。なんだか前世で借りていた部屋を思い出すな……懐かしい。俺が死んでから、あの部屋にあった物はどうなったのだろう。不慮の事故でパソコンのデータが全部消えたりしないかな……無理だろうな。
「夕飯が出来たら呼びに行くから、それまで休んでてくれ」
「はい、ありがとうございます」
エドヒルが部屋から出て行った後、俺はベッドの上に寝転んだ。
はぁ……疲れた、エルフ見たさに結界を抜けたら弓で射られるし、里に案内されたと思ったら何か住むことになって、よく分からん一日だ。
そんな事を思いながら呆けていたら、何処からか何かを叩く音と声が聴こえた。
「お~い……ライル~、開けちくり~……」
声の方に顔を向けると、そこには疲れた様子で窓を叩くアンネの姿があった。窓を開けるとアンネはヨロヨロと飛びながら、部屋へ入ってきた。
「つかれた~……もう駄目、魔力収納の中でやすませて~」
大分お疲れのようだ。アンネを魔力収納の中に入れると、収納した家のハンモックへ向かい、一息ついていた。
『は~……やっぱりここは魔力が濃くてやすらぐわ~……ライル、果実酒おねが~い、桃のやつね』
言われた通り、果実酒を出したら嬉しそうに飛びついてきた……まだ元気あるじゃん。
『お疲れ様、そんなに大変だったのか?』
『ん~? すんごい大変だよ。これがまだ続くと思うと嫌になるね……やめちゃおっかな……』
何をやってきたのか知らないけど、まだ終わってはいないのか。
『結構時間が掛かりそうなんだ?』
『そだね~……まず、原因を探って、そこから解決策を考えなきゃだから……だいぶ掛かっちゃうかな』
一体何を頼まれたのか? 聞きたいけど、聞いちゃいけないんだろうな~、アンネなら聞けばベラベラと喋りそうだけど。
『ぷは~、うまい! 今度は蜂蜜酒いこっかな~……ライル~、確かウッドベアの燻製がまだあるよね? ちょ~だい』
こいつ、本格的に呑み始めやがった。
暫くの間、アンネは疲れを癒すかのように酒を飲み、俺はベッドで横になって休んでいたら、扉をノックする音が聞こえた。
「ライル、起きているか? 夕飯の準備が出来たぞ」
エドヒルが呼びに来たので、部屋から出て一階にあるダイニングルームへと向かうと、テーブルにはララノアとエレミアがすでに席に着いて待っていた。
「あら? 来たわね……さあ、ライル君は此方へど~ぞ」
「すいません、失礼します」
ララノアの指示に従い席に着く、テーブルの上には料理が置かれていた。肉野菜炒めに焼き魚、それと茶色のスープ? いや、これは、まさか……
「?……ライル君はお味噌汁は初めてかしら?」
それを凝視していたので、ララノアは不思議そうに尋ねてきた。
なんだって!? 今、味噌汁と言ったのか? 味噌があるのか? 屋敷の食事には味噌を使った料理が出て来なかったから、てっきり無いのかと思っていた。
「この里には味噌があるのですか?」
「ああ、あるというか作っている」
エドヒルの言葉を聞いてさらに驚愕した。作ってる? 味噌を? ということは、“麹”があるってことか? まさか、種麹も作っているとは言わないよな? 少なくとも、麹菌は培養しているはず……
「どうしたの? 早く食べよう?」
エレミアの言葉で我に返り、食事を取ることにした。
「「「森の恵みと神々の慈悲に感謝を……」」」
三人は祈りを唱え、食べ始めた。俺は軽く眼を瞑り心の中で「いただきます」と言った。
魔力で木製のフォークを操り、肉野菜炒めを食べる……すると、口の中にピリッとした辛さが広がった。この辛さは、胡椒か?
「すいません、この料理には胡椒が使われてますよね? この胡椒はどこで手に入れてるんですか?」
「ん? 胡椒? それならこの里で作った物を使ってるよ……あっ、お母さん、醤油とって……ライル君、焼き魚にこれ掛けると美味しいよ」
マジか、エルフすげぇ……そりゃそうだよな、味噌があるんだから醤油もあるよな。それとエレミア、焼き魚に醤油が合うのはよく知ってます。
見た目ニジマスのような魚に醤油を掛けて食べる。ああ、醤油だ……うまい……ニジマスは塩焼きで清酒と共に頂きたいが、こういうのも悪くない。 ヒレ酒もいいな……ああ、酒が飲みたい……
次は味噌汁に手を着けた。具は大根かな? 細く切ってあって、歯ごたえも良く、味が染みている。 はぅ……落ち着く……懐かしい味に舌鼓を打っていたら、
「本当に一人で食事が出来ているの?」
と、エレミアが聞いてきた。
「ああ、ライルは器用に魔力を使い、食事をしている……見事なものだ」
エドヒルが関心しながら答えてくれた。
「いや、エレミアさんも凄いと思いますよ。とても目が見えないとは思えません」
「まあ、自分の家だし、食事も慣れだからね、それより私の事は、さん付けじゃなくてエレミアと呼んでほしいな」
「分かりました。それじゃあ、俺の事もライルと呼んでください」
エレミアは嬉しそうに頬笑み、
「うん! わかった、ライル」
この後、俺は食事のお礼として蜂蜜酒と果実酒を振る舞ったのだが……途中からアンネが加わり、軽い酒盛りが始まってしまった。
ちきしょう、俺も加わりたい……未成年は辛いよ




