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「っ!? こ、この果実は! 」
ん? お茶請けの代わりに出した果物を食べたアグネーゼが、何やら驚いている。傷んでいたか? いや、もぎたてフレッシュな果物を用意したからそれはないと思うけど。
「何この果実に含まれるマナは…… 信じられない、微量ではあるけど魔力が回復している。こんなの、まるで聖典に記されている神の国にあるという果実のよう…… そもそも、まだ寒いこの時期にこんなに新鮮な果物があるのもおかしいです」
おや? カルネラ司教は魔力収納の事までは伝えていなかったようだ。それにこの果実にそんな効果があったなんて…… 俺の魔力は放っておけば直ぐに回復するので、言われるまで気付かなかったな。これは軽率だったかも。
「えっとですね、俺には空間収納のスキルがありますので、鮮度をある程度保ちながら保存していたんですよ」
「空間収納…… なら、この果実は何処から仕入れたのですか? 」
「それは、エ、エルフの里から仕入れた物です」
えっ! とした表情でエレミアがこっちに顔を向けてきたので、そういう事にしてほしい―― と目で訴える。魔力念話を使うまでもなく、直ぐに此方の気持ちを汲んでくれたようで、エレミアは小さく頷いた。その間僅か一秒未満である。やっぱり付き合いが長いと忖度もしやすいね。
「成る程です。エルフの里ならあり得ない話ではありませんね。ライル様、この果実は後どれ程お持ちなのでしょうか? 宜しければあるだけ譲っては頂けませんか? 私の力不足なのは認めます。ですがこの果実があれば、魔力を回復させ、今よりも多くの患者を回復魔法で治療する事が出来るのです。どうか、お願い致します」
「そういう事なら構いませんよ。ただ、それなりに量がありますので、その日の必要な分だけお渡しするというのは如何です? まだ冬とは言え、食べきれなくて置いておけば傷んでしまいますよ」
「では、譲っては頂けるのですね? あぁ、感謝致します。これで魔力不足が解消とはいきませんが、助かる命が増えるのは確かです」
アグネーゼは感謝の意を込め、そのたわわに実った胸の前で両手を組み、祈りだした。
「ちょっと見すぎよ、ライル。そんなに大きいのが好きなの? あんなの胸に二つもぶら下げてたら動きづらくて仕方ないでしょうに、何処が良いのかしら? 」
自分とアグネーゼの胸を見比べると、エレミアは此方をジト目で睨んでくる。
いや、これは仕方ない事なんだよ。男というのは、そんな気はなくともついつい胸に目がいってしまう生き物なんだ。俺だって意識して見てるつもりは無いんだよ? どちらかと言えば、胸よりもお尻が好きだからね。でもやっぱり無意識に見ちゃうんだよ―― なんて言える訳もなく、
「いえ…… すいませんでした」
取り合えず謝る事にした。
先ずは様子見で、林檎、梨、桃の三種類の果物をアグネーゼに渡す。いくら魔力が回復するとしても微量とか言っていたし、気休め程度だとは思うんだけどね。
「ありがとうございました。また必要になりましたらお願い致します。それと、私に出来ることなら協力いたしますので、遠慮せずにお申し付けください。では、失礼します」
籠一杯に入った果物を抱え、ご機嫌な様子でアグネーゼは去っていく。それと入れ替わるように何処かへ出掛けていたレスターが戻ってきた。
「あれ? 今のって確か、神官長のアグネーゼさんっすよね? こんな時間に買い物っすか? 」
「あぁ、俺が持ってきてた果物を大層気に入ったみたいでね。これからもちょくちょく買いに来るってさ」
「へぇ~、そんなもんまで持ってきてたんすか。空間収納ってのは便利っすね~」
レスターは呑気にそう言うと馬車の中へ入って行く。
ふぅ、やはりもっと詳しく調べる為には前線に行く必要がある。だからと言って長く留守にすると変に怪しまれてしまう。此処で商売をしながらの情報収集は良いアイデアだと思ったが、逆に身動きが取りづらくなってしまったな。そんな時は、隠密に優れた者に頼るしかないか。
『テオドア。悪いけど、この先にある前線基地まで行って色々と調べてきてくれないか? お前なら誰にも気付かれずに潜伏できるよな? 』
『あ? 前線基地って戦場の真ん前って事だよな? 此処からかなり離れているんだろ? そんな距離まで魔力の繋がりが保てんのか? 』
確か、前進基地から前線基地までは約半日、前線基地から戦場までは徒歩で二時間弱と聞いている。試した事はないけれど、いけそうな気がするから大丈夫だろう。
『たぶん大丈夫だと思う。仮に無理だったとしても、テオドアならひとっ飛びで戻ってこれるだろ? 』
『はぁ~、しょうがねぇな。あの女の好きにはさせたくねぇし、行ってきてやるよ。戦場の様子を見てくれば良いのか? 』
『あぁ、例の魔物を見に行くのと、周囲に怪しい者がいないかどうかも頼む。もしその魔物がギガンテスじゃなくても、それを召喚している者が必ず近くにいる筈だから』
ヘイザルが読んだ報告書と、アグネーゼが負傷した兵士から聞いたという情報、そのどちらにも例の魔物が出現する際には地面が大きく光出している。これは誰かが召喚魔術を使用しているに他ならない。
そして俺が知る限りでは、召喚魔術を使うような人物など、カーミラ達しか思い当たらない。絶対に何処かで戦場の様子を窺っている筈なんだ。それを見つけ出して、帝国とオーガとの戦争の邪魔を止めなければ。あわよくば捕らえて情報を聞き出せれば上々だ。
『んじゃま、行ってくるぜ! 』
姿を消したテオドアが、魔力収納から出て前線方面へと飛んでいった。後は連絡が来るのを待つだけだな。その間にこっちもこっちで継続して情報収集を行うとするか。