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前進基地では、もうすぐ来る増援部隊の受け入れ作業で忙しいようだ。そんな中で俺に宛がわれたのは、あまり目立たない隅にある空き地だった。本来商人が出張るような所ではないのを無理を言って来ている訳だし、それに文句はない。問題は此処で何を売るのか? 此処であくせく働いている兵士達に求められる物は?
ここはもっとも戦場に近い場所。食料はある、それを調理し提供する給仕係もいる。予備の武具も十分。生活用品の類いも揃っているし、大体の物はある。ならば予算の都合で売れなかった物を、嗜好品等を売れば良いと考えた俺は、早速準備に取り掛かるのだった。
魔力収納にある木材を使ってカウンターを作り、自分の馬車の側面に設置する。屋根や壁を頑丈にして雨風を凌げるようにして、馬車を簡易的な屋台へと変貌させた。
カウンターには、商品となるクッキーやチョコレート、結界の魔道具、それと配給以外でも気軽に使えるよう洗浄の魔道具を並べて置く。
お菓子は戦場には不必要なのだが、これだけの兵士がいるんだ、甘党の人がいてもおかしくはない。それに、疲れたときは甘いものが良いとも言うしね。
魔術を刻んだ宝石も考えていたけど、今回は見送る事にした。戦場に出る殆どの兵士達の武具は軍が用意している謂わば借り物である。何れ返却する物にお金を掛ける者はいないとレスターは言う。
それなら破損した武具等の買い取りを行おうと考えた。オーガとの戦闘で武具が使い物にならなくなってしまっても、この前進基地から前線基地へと予備の武具が送られる。役に立たなくなった武具は近くの村や町にある鍛冶屋に態々持って行き処分するのだが、鋳潰して再利用するには時間が掛かるし、壊れた武具を纏めて運ぶのに人手を割くのもあまり効率的ではない。
それなら此方が買い取ってしまえば、兵士は金を、俺は良質な鉄を入手出来るので双方にとってお得である。そうして手に入れたお金で商品を買って貰えば、実質こちらの一人勝ち。ここには他の競争相手はいないし、まさにこちらの独壇場だ。
「うお…… ライル君、なんか悪どい顔してるっす」
「どうせまた都合の良い事でも考えているんでしょ? 前向きなのはいいけど、まだ商売を始めたばかりなんだから、変な妄想は止めてこっちに集中してよね」
「妄想ではなく、構想と言って欲しいね。ん? レスターは何でそんな呆れたような顔してるんだ? 暇なら頼みたい事があるんだけどいいかな? 先ずはこの基地にいる人達に話を聞いて、何を欲しているか、何に不満を感じているのかを聞いてきて貰いたいんだ」
「えっ? いや、俺はライル君の護衛っすから、離れる訳には…… ねぇ? 」
「いやいや、折角の人材を遊ばせて置くのはもったいないよ。利用できるものは利用しないと、この世界では生き残れないからね。という訳で、聞き込みよろしく」
「うへぇ、楽な任務だと思っていたのに、これじゃあ何時もと変わらねぇっすよ…… 」
レスターは肩を落としてトボトボと歩いて行った。
「他には何を並べるの? 流石にこれだけだと寂しいわね」
確かに隙間が目立つ。そうだな…… 今の所何が売れるか分からないし、後は適当に持ってきた物でも並べて置くか。
◇
「おい! この醤油煎餅ってやつをくれ」
「私はチョコレートをお願いね」
「このクッキーは中々イケるな」
店を出して数時間。物珍しさからか、ちらほらと客が訪れてくるようになった。その人達から色々と聞いて分かったのが、今この基地にいるのは志願兵が殆どなのだそうだ。何でも出稼ぎ感覚で来ているらしい。
その為か、あまりお金は持っていないようで、魔道具等の高い物は買えず、普段では口に出来ないお菓子に食いついてきたという訳だ。因みに、ここの給料は日当制である。
お金を持っていると思われる正規兵がいる本隊は、既に前線で奮闘中。時折負傷者が此処へ運び込まれては神官達による治療が行われている。
今目の前でお菓子を貪っている志願兵達は予備戦力として待機している状態で、運び込まれた負傷兵と交替で前線へと送られる予定だ。なので例の正体不明の魔物について有力な情報は持っていなかった。
管理責任者であるカッシアーノ卿にもそれとなく聞いてみたのだが、言葉を濁すばかりでまともに答えてはくれない。まぁ箝口令が敷かれていると言っていたし、好んで軍の失態を語る軍人はいない。今はこの場に馴染むことを優先しよう。そうすれば気が緩んで口を滑らす可能性もあるしね。
後で負傷兵が収容されているテントを訪ねてみるのも良い。現場にいた兵士からなら何か詳しい情報が得られるかも。
「なぁ、この店はあんたを買うことは出来ねぇのか? 多少高くても貯めて払うからさぁ、どうだい? 」
「あっ! ずりぃぞ!! 俺も目ぇつけてたんだ」
「こんな綺麗なエルフに相手をして貰えりゃ、故郷の奴等に自慢出来るってもんだ」
おいこら、うちはそんな如何わしい店じゃないぞ。それにしてもエレミアに手を出そうとするなんて…… 命知らずな者達だな、殺されても知らないぞ。
「お生憎様、私は商品ではないわ。それに幾ら積まれたってあんた達に許す体は持ち合わせていないの」
エレミアは言い寄る男達に、義眼を光らせ力強く睨み付けた。
「おぉ、気の強い嬢ちゃんだ」
「でも…… それがまた良い! 」
「あの綺麗な目で睨まれながら、そのおみ足で踏んでほしい」
最後の特殊な性癖を持っている奴はともかく、エレミアの気迫にも顔色ひとつ変えないとは、やはり戦場経験者は一味違うね。常に死が隣にいるような状況だからなのか、己の欲望に忠実な所が見受けられる。それを抜きにしても、エレミアは美人だからな。俺よりも早くここに馴染みそうだ。




