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オーギュスト砦から前進基地までは、約一日といった距離だ。俺の馬車以外にヘイザルの部隊の馬車が三台、前を走っている。
「いやぁ~、ほんとに快適っすね、この馬車は。空間魔術ってのはこんなに便利なもんだったのか。早く帝国にも普及してくんねぇかな」
この一見軽薄そうな男性は、ヘイザルが護衛としてつけてくれた人で、確か名前はレスターと言ってたな。
「ライル君には感謝してるんすよ。お陰で任務が予定よりだいぶ早く終わりそうすからね」
「いえ、此方も下心があってのものですから、お礼は結構ですよ。それにしても、随分と、その…… 周りからあまり良い目で見られてはいないのですね? 」
「あぁ~、気を使わなくても良いっすよ。俺達の部隊は後方支援が中心で、直接戦いには出ないっすからね。そんな俺達を周りの連中は腰抜けと馬鹿にしてくるんすよ」
戦わない兵士は兵士では無い―― そう言われて変に納得してしまったと、レスターは自嘲気味に言った。帝国では、兵士は己の力を誇示し戦場で命を掛けて敵を葬る事こそ、最も偉大で尊ぶ行いなのだそうだ。
「馬鹿馬鹿しい。戦争は何も敵を沢山殺せば良いものではないと思いますけどね。軍の進行速度を考えてルートを決めたり、前線を維持する為の支援も必要。兵站が疎かになってしまえば、戦場の継続が難しくなる。必要なものを、必要な時に、必要な量を、必要な場所に―― これがしっかりとしてなければ戦争に勝つことなど出来やしない。それぐらい重要な役割だというのを彼等は理解していないんだ」
彼のアントワーヌ=アンリ・ジョミニも―― 戦争のプロは兵站を語り、戦争の素人は戦略を語る―― との格言も残す程に、兵站の重要性を説いていたと言うのに。
まぁ、偉そうに言っている俺も戦争未経験者なのだが、後方支援が如何に必要であるかは理解しているつもりだ。それがあるから、前にいる者達は何の憂いもなく突貫出来るのではないのか?
「ハハ…… まさか軍関係者以外の、それも商人にここまで誉められるなんて思ってもなかったっすよ。心配しなくても、ライル君みたいに俺達の仕事を馬鹿にせずちゃんと見てくれる人もいるっすから。それに俺達も自分の仕事に誇りを持ってるっす! だから何を言われようとも、全然へっちゃらっすよ!! 」
冷静に考えればそうだよな。戦争を生業としているような国が兵站の重要性が分からない筈は無い。トップにいる者達は充分に理解しているが、実際に戦場に出ている兵士や司令官はそこまでに至っていないのだろう。
「そっか…… それなら良いんだ。なんか熱く語ったみたいで、恥ずかしいな。これはここだけの話にして、誰にも言わないで貰えると助かるかな? 」
「さて? それはそちらの誠意次第っすかね~? 」
レスターは楽しそうにニヤリと笑う。
「…… ジパングの酒一本でどうだい? 」
「へへ、流石は商人。話が早い」
俺は魔力収納から酒瓶を一本レスターに渡した。それをご機嫌で受け取ると、「早速今夜にでも飲むっすよ」なんて喜んでいたけど、俺の護衛任務中だというのを忘れてはいないよな? 頼むぞ、レスター。
◇
途中で夜を越して朝には出発し、昼を少し過ぎた頃に前進基地に到着した。
なんと言うか…… テントばっかりだな。まともな建築物といったら、倉庫と思わしき石造りの簡素な建物があるだけ。ここから先にある前線基地で本隊がオーガ共と争っているのか。
前の馬車が石材で出来た建物の前に止まり始めた。やはりあれは倉庫だったようだ。
そして馬車から降りたヘイザルの部下達は、一人の兵士らしき人物に挨拶していた。
「あの方が前進基地の管理責任者であるカッシアーノ卿っす。ライル君も後で隊長から貰った許可書を見せに行くと良いすよ」
彼も貴族なのか。総司令官といい、責任ある役職は皆貴族が担っているようだ。恐らく階級はそんなに高くは無いのだろう。伯爵以上の爵位なら自分の領土を皇帝陛下から賜り、そこを管理するのに忙しくて戦場に出てくる暇はない筈。
ヘイザルの部下達が馬車から物資を倉庫に運んでいく。俺も手伝おうとしたが、「これは自分達の仕事ですので」 とやんわり断られたので、頃合いを見計らいレスターの言う前進基地の管理責任者であるカッシアーノへ挨拶に向かった。
「初めまして、私はライルと申します。一介の商人に過ぎませんが、此度の物資運搬の協力を申し出た次第でございます。どうぞお見知りおき願います 」
「おぉ! あの空間魔術が施されておる馬車の持ち主か! ご苦労であったな。私が責任者のロレンツ・カッシアーノだ。陛下から子爵の位を賜った。しかし、何故急にこんな大量の物資を運んできたのか疑問であるな。増援の到着はまだ先であろう? 」
近くで見ると精悍な顔立ちをしてらっしゃる。年は四十ぐらいか? 若い頃はさぞかしおモテになられたのだろうな。羨ましいね、コンチクショウ。
「いやぁもう、聞いて下さいよ~…… 」
レスターは普段の軽い口調でこれ迄の経緯を説明した。
「ふぅ…… あの御仁にも参ったものだ。これからオーガ共との戦いも熾烈極まるというのに、何を考えておられるのやら」
もはやどうしようもないと首を振るカッシアーノに、俺も激しく同意する。
「そちらの要望は受理するが、見ての通り必要な物は粗方揃っている。一体ここで何を売るつもりなのだ? 」
確かに、今さっき大量に物資を運び入れたばかりだ。しかし、それは必要最低限ので抑えられている。なら不必要だと物資に含まれない物を提供すれば良い。例えば、お菓子等の嗜好品とか、魔術を刻んだ宝石とか、考えれば色々とある。
お金を稼ぎながらの情報収集、まさに一石二鳥。
『捕らぬ狸の皮算用とは、こういう時に使うのだな』
多少高揚していた気持ちが、ギルの言葉で一気に冷めてしまった。
何だよ…… 別に良いじゃないか。上手くいかないかも、なんて後ろ向きな気持ちでいるよりは健全的だろ?