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俺とエレミアは今、ヘイザルの部下達と一緒に大量の物資を馬車に詰め込み、前進基地へと向かっている。どうしてそうなったかと言うと、今から遡ること数時間前、ヘイザル達が俺の馬車から荷物を運び終わった時、一人の兵士が一枚の書状を手にしてやって来た事から始まった。
「ヘイザル殿へ、ジガルド卿からの指令書をお持ち致しました」
兵士から書状を受け取ったヘイザルは、読み進めていく内に表情が雲り、読み終わった後には深い溜め息を吐いた。
「まったく、この忙しい時に何を考えているのか…… 」
「どうしたのですか? なにか面倒事でも? 」
「まぁ、面倒と言えばそうなりますね。これによりますと、前進基地へ物資を早急に届けるようにと書いてあります。それも大量にです。食料に酒と武具、その他諸々の生活用品と新しいテント、これだけの量になりますと私の部隊を半数以上は出さなくてはなりません。そうなるとこの砦が疎かになってしまいます。もうすぐ増援が来ると言うのに、困ったものです」
「前進基地への支援物資は滞りなく送られているんですよね? 何故そんな急に? 」
「増援に来る騎士団の為に前以て受け入れの体制を整えると、これには書いてありますが、単なるジガルド卿の嫌がらせでしょう。騎士団の皆様にはこの砦で一旦休んでもらい、その間に前進基地での準備を開始する予定だったのです。私達の任務には騎士団の支援も含まれています。大方、邪魔な私達を追い出し、今回の失態を取り繕う為に、騎士団の皆様を接待でもしてすり寄るつもりなのでしょう。私達がいては、無駄な出費は絶対に認めませんからね。そんな事に回せる程余裕はありませんので」
なんとまぁ、浅はかで愚かと言う他ないね。オーガとの戦に勝つ前に己の保身に走ったのか。帝国は実力主義、何らかの功績を残さないと直ぐに降格させられる。失敗を帳消しにしようとするのは理解出来るが、その手段はいただけない。もっと別の方法があったのでは? 真面目に軍の司令を務めるとかさ。
「許否する事は出来ないのですか? 」
「これは正式な指令書です。これが発行されたという事は、必要だと上から認められたということ。軍に所属している以上、異議を申し立てるのは不可能です。それにしても手際が良すぎますね。恐らく前々から計画していたのでしょう。こんな事に使う頭があったら、戦の方へ回して欲しかったですよ」
うん、俺もそう思うよ。悪知恵だけは良く回る人っているからな。あのジガルドって奴も、見るからにそんな感じの人だった。小者臭がするというか、そんな雰囲気を醸し出しているというか。
「しかし、この量では一度に運搬するには馬車と人が足りません。無理をするより、複数回に分けて運んだ方が良さそうです。砦にも人を残さないといけませんので」
う~ん、これはチャンスなのでは? 俺達の目的は黒いギガンテスだと思われる魔物の確認と、カーミラかその手下がオーガと帝国の戦争に直接介入していたのなら、それを阻止、或いはカーミラに属する者の捕獲だ。そして何を企んでいるのかを突き止める事である。
その為には直接戦場に赴く必要があった。当初の作戦では、此処で商品を売った後、砦から十分に距離を置いたところで、馬車とルーサとエレミアを魔力収納に入れ、魔力飛行で空から戦場付近まで近付くという予定だった。
だけど、この前進基地への物資の運搬という指令を利用すれば、誰にも怪しまれることなく戦場近くまで行けるのでは? 俺の馬車と先程購入して貰ったマジックバッグを使えば、そんなに人手は必要にはならない。そうなればヘイザルの部隊を半数も砦から出さなくても良くなる。お互いに損はない筈だ。
「あの、ひとつ提案したいのですが…… 私の馬車と先程買って頂いたマジックバッグを使えば、人手もそんなに掛からずに一度で物資の運搬が可能だと思います」
「それは大変有り難い申し出ではありますが、そちらに何か利するところがあるのですか? 」
「えぇ、ここからが相談なのですが、前進基地での商売をする許可を頂きたいのです」
「あぁ、成る程、軍の予算では買い取れなかった商品を個人に売るつもりですか。そうですね…… 指令書には迅速にとありますし、その細かな手段は指定されてはいません。これを利用させてもらいましょう。この指令を正確且つ速やかに遂行するのに、ライルさんの馬車は適任だと判断し、公平な取り引きの上で協力を願い出た。そのように上層部には報告しておきます。これならあの総司令官殿も文句は言えない筈です」
指令書の裏をかいたって訳か。何も軍関係者以外を利用するなとは書かれてはいないので、問題にはならないようだ。
「交渉成立ですね」
「はい。物資の準備は此方でやりますので、完了次第ライルさんには直ぐにでも出立願います。私は此処に残らないといけませんが、部下には貴方をしっかりと警護するように言っておきますので。あっ、それと後で商売の許可書を私の名義で書いて渡します」
「ありがとうございます」
「いえ、お礼を言うのは此方ですよ。それと、こんな事に巻き込んでしまい申し訳ありません」
その後、急ピッチで物資の運び入れ作業が始まった。食料や衝撃に弱い酒瓶等の割れ物はマジックバッグに詰め込み、大量の武具は乱雑に馬車の中へと置かれている。
「こんな指令書を出すなら、もう少し早く出して貰いたかったですね。そうすれば、一度運び出した物をまた馬車に戻すなんて事はしなくても済んだのに。本当に総司令官殿は嫌がらせに長けていらっしゃる」
そんなヘイザルの独り言を聞いた周りの部下達は、如何にもと言った風に大きく頷いていた。無能な上司を持つことは、戦場にとって一番危険だと聞いた事がある。
俺はせっせと走り回るヘイザル達を見て、前世の自分と重ねてしまった。あのくそったれな上司も良く無理難題を押し付けて来たもんだ。死は決して喜ばしいものではないけど、あの上司から解放されたのは少しだけうれしかったかな。