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ギルの言葉は俺にとってあまりにも衝撃的で、信じ難いものだった。だって、俺が人間ではなくなってきているなんて話、素直に受け止められる筈が無いだろ?
『じゃあ…… 俺も、ギル達みたいに何千年も生きるという事なのか? 』
『厳密に言うと龍族と妖精族には寿命というものはない。かといって不死身でもない。殺されれば死ぬ。なので殺されない限り生き続ける。お前は疑問に思わなかったのか? 世界のマナ不足を解決するのに、人間の寿命ではとても足りるものではない。我等のように、永遠とも言える時間を生きる肉体が必要なのだ』
俺はてっきり誰かと交代するものと思っていた。それがまさか最後までやれって言われるとは…… 人間として寿命を迎えて死ぬつもりだった俺には受け入れ難い。人より長く生きるという事は、親しい友人、知人、愛する人と家族、全てを看取る事になるだろう。その悲しみと喪失感を何百回と経験しなくてはならないなんて、考えたくもない。そして何より、それに慣れてしまうかも知れない自分が嫌だ。もしそうなったら、俺は人としての心も失ってしまうのではないか? そう思うだけで恐ろしくて体が震えてくる。
「大丈夫よ、ライル。私が側にいるわ。私が、貴方を支えるから。絶対一人にはしない。私はエルフだもの、千年だろうと二千年だろうと、ライルと共に生きて行くわ」
震える体をエレミアがそっと抱き寄せてくる。
あぁ…… 暖かい。エレミアの温もりと匂いに包まれて、体の震えが止まり、不安でガチガチだった心がゆっくりと解れていく…… エレミアの優しさと覚悟に、自然と涙が零れ落ちた。
『うむ。我も共に付き合おうぞ』
『あたしがいるのも忘れないでよね! 』
『ムウナ、ライルと、ずっといっしょ!! 』
『私達一族も、未来永劫ライル様と共に』
『私の子供も、そのまた子供も、何時までも主様の側にいる』
みんな…… そうだった、俺の中には、ギル、アンネ、ムウナ、アルラウネ達にハニービィとそのクイーンがいる。俺は一人じゃない。俺と共に生きて行くと言ってくれる者達が、こんなにもいるんだ。まだ受け止められない部分もあるけど、情けない姿は見せられないな。
「ありがとう、エレミア。ありがとう、みんな。もう、大丈夫。俺がこの世界に生まれたのには理由があった。ただ、それだけの事なのに…… 取り乱してごめん」
「いいのよ。私にとって、長い時間を生きる事はそんなに苦ではないけど、人間にとっては苦しい事なのかも知れない。無理しないで、少しずつ受け入れて行けば良いと思うわ。だけど、自暴自棄にだけはなってほしくないの」
エレミアの両手が俺の両頬に添えられ、赤い義眼に浮かぶ青い魔術陣をしっかりと向けてくる。その確固たる覚悟とも取れる表情に、俺は感謝の念と共に気持ちを新たにした。
そうだ、異世界に生まれ変わるというとんでもない事を経験したんだ。様々な種族がいるこの世界で、人間であることに拘る必要はないのかも知れない。例え人間で無くなったとしても、どんなに長い時を生きようとも、俺は俺で在り続けよう。今まで生きてきた自分を捨てる事なんてしなくても良いのだから。
『おいおい! それじゃあ何か? 相棒は滅茶苦茶長生きするって事なのか? 話が違うじゃねぇか!? 俺様と相棒が交わした誓約は相棒の命が尽きるまで続くんだぜ? これじゃ俺様は何時まで経っても人間に抵抗出来ねぇのかよ! 』
あわてふためくテオドアを見て思い出す。あぁ、そう言えばそういう条件だったな。でも、俺は悪くないぞ。俺だって普通に人間として寿命が尽きると思っていたからな。話が違うとか今さら言われてもどうしようもない。
『騒ぐなみっともない。誓約の条件を変更すれば良いだけの事ではないか』
『ギル、そんな事が出来るんだ? 』
『うむ、誓約を交わしたあの大聖堂で変更が可能だ。ライルの命が尽きるまでの所を別の条件にすれば良い。そうだな…… お互いの同意があれば誓約は果たされたと見なすというのはどうだ? 』
それなら大丈夫かな? 後で聖教国に行って誓約の変更を教皇様に頼まないと。
『ふぅ~…… マジで焦った。いくら力をつけたとしても、逃げる事しか出来ないアンデットキングなんて、お笑い草だぜ』
『俺としてはそれでも良いんだけどね。キングの一人を不能に出来る訳だし? いっそ何時までも誓約したままの方が人類にとっては安全かも知れないな』
『ハハハ、冗談がきついぜ相棒…… 冗談だよな? 』
若干顔がひきつっているテオドアを放置して、俺は気になった事をギルに問い掛ける。
『なぁ、ギル。俺の体が完全に魔力細胞に変化するまで、あとどのくらいの時間があるんだ? 』
『肉体が最も発達している時期に合わせていると見て、あと四~五年は掛かるだろう』
って事は、俺が二十歳を過ぎた頃か。
『その時からライルの体は年老いる事は無くなり、寿命という時間の制限から解放されるのだ』
『俺の体が魔力細胞で出来た肉体に変わったとして、寿命の他に何か変化はあるの? 』
『見た目に変化はない。そもそも、お前の持つ大量の魔力を問題なく扱える為の魔力細胞であるからして、完全に変化を遂げた後には、より完璧に魔力を操れるようになる。例えば、お前は良く共に闘う者達に魔力を繋ぎ、己の魔力を受け渡しているな? だがそれをすると、他の事が疎かになるだろう? 』
うん。魔力の補充と管理に専念しなくてはならないから誰かに周辺を警護して貰わないと危険なんだよね。でもそれはどうしようもない。一度に別々の事をするには脳がもう一つ必要だよ。
『それが人間の限界なのだ。我等と同じ存在になったのなら、まるで息をするように自然と魔力を扱えるようになり、同時に複数の思考が可能になる。そうなれば、魔力の管理と補充をしながらでも戦いに参加も出来るし、一度に操れる武器の数も増やせる。魔力支配を完全に己の物に出来るのだ。その力があればカーミラなぞ、相手にもならぬわ』
それは凄いな。今までも反則的なスキルだった魔力支配が、もっと強力で効率良くなるって事か。しかし、後四、五年か…… それまでカーミラが待ってくれるとは思えないけど。
『なに、たとえ今勝てなくとも、時間が経てば勝機がある。そう思えば幾ばくか心に余裕が出来るであろう? それまで彼奴の計画を妨害して時間を稼げば良い』
確かに、時間が経てば今よりも強くなると保証されているようなものだし、無理に阻止しようとするより確実かも知れない。でもやっぱり五年は長いかな?