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アスタリク帝国―― 大陸の西に位置する国で国土は広く、大国と呼ぶに相応しい。その国土の殆どが戦争で勝ち取った土地であり、戦争屋とも言われ周りの国々には畏怖されている。帝国には数々の腕に覚えのある猛者達や戦いが好きな連中が集結していて、今も国土を広げようと戦争を仕掛ける口実を探しているとの噂が昔からある。軍事力だけで言えば大陸一と言っても過言ではない。
そんな国がオーガキングと争っていると聞いたのは去年の事だったな。突如として出現した謎の魔物の介入により、帝国は前線を後退した。この事実は周りにいる国は勿論、他の国々にも少なからず衝撃を与えたニュースだった。
裏で活動していたカーミラが表に出てきた。これはもう隠れる必要は無くなったという事か?
店の二階にある何時もの客室でクレス達を呼び、カルネラ司教から連絡があった事を報告した。
「何故カーミラはオーガキングを助ける真似をしたんだろうか? 帝国が勝つのは彼女にとって何か不都合な事でもあるのかな? 」
「それか、オーガキングに死なれては困る理由があるのかも知れんぞ」
クレスとレイシアが言うように、態々戦いに介入してきたのは何か理由がある筈だ。それを探りに帝国へと足を運ぶ旨を伝えると、クレスは少し悩み、口を開いた。
「実は、僕達もアンデットキングの情報を掴んでね。今、その裏を取りに南のサンドレア王国に向かおうかと思っていた所なんだ。最近あの国にはきな臭い噂が後を絶たなくてね」
そっか、またクレス達の力を借りられないのは残念だが、それも仕方ない。
「…… 私もクレス達と一緒に行く事にした。何かあれば、マナフォンで連絡して」
「うむ、また三人で活動出来るのだな? うれしく思うぞ! リリィ! 」
リリィも一緒となると、今回は俺達だけで帝国に行く事になるな。
「おい! 良いか、お前ら!! アンデットキングを見付けたとしても、手を出すんじゃねぇぞ! あのくそガキは俺様の獲物だからな!! 」
魔力収納から出たテオドアが、激しい口調でクレス達に釘を刺す。
「ふん! 誰が貴様なんかの言うことなんか聞くか!! アンデットキングは見つけ次第、我々が倒すに決まっているだろう! 」
「なっ!? なんだとぉー! てめぇ…… 今度は冒険者ギルドだけじゃなく、街中にお前の裸体画をばら蒔いてやろうか!! 」
「貴様ぁ!! そんな事をしたら、地の果てまで追い掛け、必ず滅してやるからな! 」
まったく、仲の悪い二人だな。騒ぐなら店の外でお願いしたい。
それから数日も経たない内に、クレス達はサンドレア王国に向けて旅立った。まだテオドアがブツブツと文句を言っているが気にしない。俺達も準備を済ませてアスタリク帝国に向かわなければ。帝都にはドワーフの王城で飲んだあの美味しい紅茶の茶葉をブレンドした店がある。ついでに仕入れてこよう。
今、帝国の最前線では物資が不足しているらしい。命知らずの商人はこれを商機と見て、態々危険を犯して商品を売りに行くのだと、知り合いの行商人から話を聞いた。
それなら俺もそう言う理由で行けば、変に疑われることなく帝国領へと入れるな。その為には持ち込む商品を何にするかが肝心だ。
食糧は当然として、酒や調味料も用意した方が良いな。後は連日の戦闘で風呂に入っている余裕もないだろうから、洗浄の魔道具も必要かな? マジックテントも沢山売れそうだし持っていこう。乾物等の保存が効く食べ物もいいな。えぇい面倒だ、思い付く物から手当たり次第魔力収納へ詰め込んでしまおう。
◇
準備を済ませた俺は、出発の挨拶をしに領主の館を訪ねた。
「ブフゥ、今度はアスタリク帝国か…… 中々と忙しいようであるな。カーミラと言う輩も厄介ではあるが、今はこの国も何かと面倒な事になっておる。本来ならそのような危険人物は国を挙げてでも取り締まらなくてはならないが、吾が輩達の証言だけでは国を動かすのはほぼ不可能に近い。力になれなくてすまなんだ」
「いえ、領主様だけでも信じて下さるだけで有り難い事です。こんな荒唐無稽と思われるような話なのに…… ありがとうございます」
「グフフ…… なに、礼は無用である。シャロットも目にしているのでな、信じない訳にはいくまいて。しかし、神を否定し世界に仇をなさんとするとは…… 流石に信じる者は少なかろう。確固たる証拠があっても、疑う者も出てくるやも知れんな。だからと言って何もせぬ訳にもいかんし、難しい所よ」
グムム、と悩む領主を見て、この人がインファネースの領主で本当に良かったと思った。ここまで街が発展しているのに、この人は傲ることなく領民達と真摯に向き合い、案じてくれている。後はダイエットでもしてくれれば完璧なのに…… 見た目だけなんだよな、悪いのがさ。
領主への挨拶を済ませ、エレミアと一緒に御者台に乗り、馬車で門を抜けてインファネースを出る。帝国の最前線にある拠点に行くには、此処から北西に進んで帝都を通過するルートが一番近そうだ。まぁ近いと言っても、片道一週間は掛かりそうな距離なんだけど。
「帝国か…… どんな国で何があるのか、不謹慎だけどちょっと楽しみね」
隣に座るエレミアが少しばかり浮き浮きとした様子で喋る。遊びに行く訳ではないのだが、初めての国だから楽しみなのは分かる。かくいう俺もちょっと浮わついていたりする。
期待と不安を胸に抱きつつ、俺達はアスタリク帝国へ向けて旅立つのだった。