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妖精達が街に馴染み始め、インファネースに訪れる人が多くなったのはうれしいのだが、その分トラブルも増えて来ている。俺が危惧しているのは妖精達に手を出す奴等がいるのでは? ということだ。小さくて希少性の高い妖精を捕まえて、ペットや他の所で売り飛ばそうとするかもしれない。
しかしそんな心配は杞憂に終わった。妖精は腕力こそ弱いが、他の種族に比べて圧倒的に魔力量が多い。それに魔力操作も上手いし精霊魔法も使える。自分の身を守る力は十分に持っていた。
そもそもこの世界では妖精に手を出す蛮勇な者はいないだろうと領主は言う。妖精に危害を加えた者はその後、妖精達の悪戯じゃ済まない過激な報復が待っているからだ。
これは有名な話で、伝承や御伽噺として大陸中に広まっている。特に貴族達は子供の頃に必ずと言って良いほど聞かされる話なのだそうだ。そう言えば俺もまだ館にいた時、母さんがそんなような絵本を読み聞かせてくれた記憶がある。確か…… 妖精を捕まえた貴族が助けに来た妖精達によって服も家も髪の毛も、文字通り何もかも失ってしまうという内容だったな。絵本には全裸の男性が茫然自失で立ちすくんでいる絵が描かれていたのを覚えている。
事実かどうかは差し置いて、妖精というのはそれほど過激で遠慮がないと伝えたかったのだろう。余程無知な者じゃなければ、妖精に手を出そうなんて考える奴はいない。
妖精達自身は安全だと分かったが、逆に街にいる人達が心配になってくる。数々のあまりよろしくない逸話が残されている妖精達がどんな悪戯を仕掛けてくるか。インファネースに来る前に悪戯はしないで欲しいと頼んだのだが、その約束は三日も持たなかった。
それでも過激なものは控えているようで、子供の悪戯レベルで抑えてはくれている。例えば、寝ている人の顔に落書きをしたり、人の持ち物をこっそり隠したり、風の精霊魔法を使ってスカートを捲ったりと、しょうもない悪戯をしている。
前に冒険者ギルドを通り掛かった時、中から怒声が聞こえたので様子を窺って見ると、体格の良い冒険者が顔に落書きがされていて周りから笑われていた。その冒険者の近くには犯人と思わしき妖精も一緒になって笑い転げている。しかもそれだけではなく、ギルドカードも妖精に隠されていたらしく、早く返せと冒険者が妖精に怒鳴っていた。
他の妖精に聞いたのだが、何でも厳つい冒険者に悪戯を仕掛けてからかうのが妖精達の間でブームになっているとか。強面の男があわてふためく様が滑稽で面白いのだと言う。被害にあった者からしたら、たまったもんじゃないな。
だけどそう悪戯ばかりしている訳ではない。デイジーのようにお菓子を対価にして妖精に頼み事をしたり、ティリアみたいに妖精が来るのを利用して店の売上を伸ばしたりしている人達もいる。
妖精の方からも気紛れで手伝ってくれる時もあり、少なからず街へと貢献していた。悪戯と合わせて相殺されている感じで、今の所目立ったクレームは出ていないようだ。
ティリアが経営を手掛けている西商店街の喫茶店も、最初は勝手にケーキを摘み食いする妖精に困っていたが、お客に愛想良くすれば怒られずにお菓子をくれると入れ知恵した結果、今では可愛くおねだりしてくる妖精達に喜んでお菓子を与える客が増えたらしい。あのあざとさが丸見えな所が良いのだとか…… 俺には理解出来そうもないな。
妖精も、お菓子をくれる客とそうでない客を見分けているようで、おねだりする要領も次第に上手くなってきているとティリアは感心していた。
「いやぁ、店の売り上げが右肩上がりで、笑いが止まらないとはこの事だね!! 正式に雇いたいくらいだ」
と、上機嫌で自慢してくるティリアに軽く嫉妬してしまう。ちくしょう…… 羨ましい。
この間パン屋に行った時も、妖精が手伝っているのを見たな。甘い菓子パンを作るのだと意気込んでいた。
「ふっふ~ん♪ あんパンがあるんだから、クリームパンにチョコレートパン、それとジャムパンもあっても良いよね? それに濃厚な蜂蜜をつけて食べると、もうさいっこうよ!! 」
うわぁ、聞いてるだけで胸やけしそうだな。他にも出店を手伝っておこぼれを貰う妖精や、交易港で荷物の運搬を手伝って異国のお菓子を貰う妖精もいる。中には子供と一緒に遊ぶ者もいて、子守りをしてくれて助かると言う主婦の声も聞いた。まぁ後でキッチリとお菓子を貰っている訳だが。
俺が思ったよりも住人達に受け入れられているようで安心したよ。悪戯癖はあるけど、素直で明るい妖精達は街の人達を笑顔にしていた。心なしか、街全体が明るくなったような気がするな。
だからなのか多少のトラブルも許容範囲として収まっている。ただし、ドワーフ以外だけど…… やはり髭の恨みは根深いようで、ドルムのいる鍛冶屋とドワーフ夫婦が営んでいる工芸品の店には、妖精出禁の貼り紙が堂々と表に貼られている。俺の店でもドルムと妖精が言い争っている姿が度々見かけるし、その様子を面白がって見に来る客はいるが売上には繋がらず、此方は騒がれ損だよ。
妖精を連れてきたのは俺なのに、何故他の所が繁盛してこっちは変わらないのか? 甚だ疑問である。
「変わらないのが良いんじゃなぁい。安心してのんびりと寛げるわぁ」
「ですよね! 私もこの店の雰囲気、好きですよ。 落ち着いてて」
デイジーとリタが今日も俺の店で紅茶を飲んでいる。なぁ二人とも、それって客が少なくて静かだと言いたいのか? 勝手な事言いやがって、出禁にするぞ!
カーミラの手の者は現れず、街は今日も平和だ。こんな日常を一日でも長く保ちたいものだね。




