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「ほいさっ! とうちゃく~。ここがあたしの生まれ故郷、“フェアヴィレッジ” だよ! 」
妖精郷フェアヴィレッジ―― そこは国とは呼べない程の小さな区画。マナの大樹を中心とし、マナの木と果樹に囲まれ、草木や花が生い茂り、日の光が降り注ぐ空間は幻想的な雰囲気を醸し出している。精霊の力でここへは何人たりとも辿り着けないようになっているらしく、詳しい原理は妖精達も分からないのだと言う。
「ここがアンネリッテ様の故郷…… 何だか懐かしい感じがするわね」
辺りを見回していたエレミアが、感慨深く呟いた。
花の咲いていない箇所を選び、マナの大樹へと歩いていく。おっ! あれはミカンか? 柿もあるな。後で種でも譲って貰おう。
しかし、ここは不思議な所だな。季節関係なく花は咲き、果実が実っていて、何となく魔力収納の中に似ている気がする。
「ほらぁ! 何してんの? こっちこっち! 」
自分でも気付かない内に立ち止まっていたようで、アンネが早くと急かしてきた。まぁ後でゆっくりと見て回るとして、今は何とか妖精達の協力を取り付けないと。
「お~い! みんなー!! ただいまー! 」
アンネが大声で叫ぶと、マナの大樹の方から小さな何かが大群を成して此方へ飛んでくる。良く見ると羽の生えた小人―― 妖精である。あれ全部がそうなのか? なんて数だ…… 百や二百どころじゃない。
「女王様だぁー! 」
「わぁ! 女王様が帰ってきたぁ! 」
「久しぶりー! 」
「ちょうど暇してたの~、面白い遊びにでもつれてってよー 」
「あたし、またドワーフの髭狩りやりた~い 」
あっという間に俺達は妖精達に囲まれてしまった。いくら小さくても、これだけの数が集まると恐怖すら覚える。
『正に悪夢そのものだな』
魔力収納内から俺の目を通して状況を確認していたギルは、これ以上見たくないと言った風に目を瞑り、見なかった事にした。
くそっ! ギルは良いよな、簡単に現実逃避が出来てさ。俺も目を瞑ってそのまま寝てしまいたい気分だよ。
「女王様、お土産は~? 」
「あま~い物が良いな~ 」
「オモチャでもいいよ~ 」
「それか新しい遊びとか? 」
妖精達は純粋にアンネの帰還を喜んでいる訳ではなく、お土産を期待してのお出迎えだったようだ。そんな妖精達に対してアンネは胸を張って答えた。
「何言ってんの? このあたしが無事に元気で帰ってきたのよ? これ以上のお土産はないじゃないのさ! 」
「は? 何それ、常談? 」
「だとしたら面白くな~い! 」
「なんだ、お土産無しかよ。喜んで損した」
「あたし達を置いてあちこち遊び回ってんだからさぁ、手土産のひとつくらい用意してよねぇ~ 」
「ほんと信じらんな~い」
ブーブーとブーイングの嵐に包まれてもアンネは慌てることなく、臆した様子はない。
「うっさい! 別にあたしは遊んでるんじゃないの! ちゃんと仕事してます~ 」
え? 仕事なんてしてたっけ? 俺の知る限りそんな風には見えなかったけどな。
「お~、エルフだぁ! 変わった目をしたエルフだぁ! 」
「ほんとだ、エルフなんて久しぶりに見た」
「相変わらず耳がなが~い! キャハハハ! 」
エレミアに目をつけた妖精達が集り、耳や目をベタベタと触ってくる。これには妖精を重んじるエレミアでも、困った表情を浮かべていた。でも流石に振り払う事は出来ないようだ。
「こっちは人間もいる~…… 人間? 」
「人間が来るなんてはじめて~……うん? 人間? 」
「何このとんでもねぇ魔力…… ほんとに人間? 」
失礼だな! どっからどう見ても人間じゃろがい!
余程俺が珍しいのか、体中を遠慮なしに触りまくってきやがる。おい! 髪を引っ張るんじゃあない! こら! 服の中に入ろうとするな! 俺はエレミアと違って優しくはしないぞ!!
「キャ~~♪ 」
「ちょっとぉ、なにすんのよ! 」
「キャハハハ! おもろ~い! 」
魔力で操る木の腕を使って、俺の体に悪戯しようとしてくる妖精達をむんずと掴んでは空へ投げ捨てる。けれどもそれを遊びと捉えたのか、先程よりも妖精達が群がってくる始末。
あ~、うぜぇ、うるせぇ、めんどくせぇ。ギルとドワーフが妖精嫌いになるのも頷けるよ。
そうやって妖精達の相手をしている事数十分、一人の妖精がアンネにゆっくりと近付いてきた。
「お帰りなさいませ、女王様。やっとお戻りになってくださいましたね」
「お~、リーネじゃん。おひさ~、どう? 変わりはない? 」
リーネと呼ばれた妖精は無理に笑顔を作っているのか、眉間に皺が寄っている。
「えぇ、お陰さまで…… 戻ってきたのだから、もう女王代理はしなくても良いんですよね? 」
「あ~…… そのことなんだけどさ、あたしは別に帰ってきた訳じゃないんだよね。用があって来ただけだから、もうしばらく女王やっててよ」
「はあ? 嫌よ! 千年以上も代理やってんのよ!? もう十分でしょ? 早く女王に戻ってよ~」
涙目になりながらも抗議する女王代理の妖精に同情の念を禁じ得ない。アンネのワガママの犠牲者であるからか、何やらシンパシーを感じてしまうは気のせいではないだろう。
だけど今はその同情心を抑え込み、交渉を試みる為にアンネと女王代理の妖精のもとへ歩み寄った。