1
教会の鐘の音が、一日の始まりを告げる。
「明けましておめでとう! 無事に新年を迎えられて良かったよ」
「えぇ、そうね。私もライルと新年を迎える日が来るなんて…… 本当にうれしいわ」
少し涙ぐんでいる母さんは、染々と喜びを噛み締めていた。
「私も新しい家族と一緒でうれしいです! ねっ? シャルル! 」
「う、うん。う、うれしい…… です」
元奴隷だった犬型の獣人族の兄妹であるシャルルとキッカも、嬉しそうに白いフワフワの尻尾を左右に振っている。そんな二人の姿を見て、違約金を払ってでも奴隷を解放して良かったと思う。
「私達も誘ってくれて嬉しいわぁ~。今年は人数も多くて楽しいわねぇ」
「あぁ、てっきり母と二人で年を越すかと思っていたからな。呼んでくれて感謝する」
「もぅ、お母さんと兄さんを誘わない訳ないでしょ? 私、そんなに薄情じゃないわよ」
心外だわ―― と頬を膨らませるエレミアに、エルフの里から呼んだララノアとエドヒルが微笑む。エルフの里でお世話になっていた頃は毎年一緒に年を越していたので、今年だけ別という訳にはいかなかったからね。気軽に遊びに来てくれて良いと言ってはいるけど、遠慮しているのか中々来てくれない。それもあってか、今のエレミアは少々テンションが高めである。
「いや~めでたい! 新しい年は、こうやって酒を飲んで迎えるのが一番だね!! 」
「フンッ、貴様は年中、酒を飲んで騒いでいるではないか」
妖精サイズに加工された酒瓶を片手に飛び回るアンネを、白けた目で見詰めるギル。年が変わろうと、この二人は変わらないね。
「あぁ~、旨そうな料理に酒…… 自分がレイスであることを、これ程悔しいと思った事はないぜ」
「にく! にく! うまうま」
山盛りの唐揚げを始め、領主の館で開かれているパーティからこっそりくすねてきた肉料理を美味しそうに頬張るムウナ。それをテオドアは羨ましそうに眺めている。
前に一度、テオドアの前にご飯を盛った茶碗の真ん中に箸をぶっ刺した物をお供えしたけど無意味だった。やはり異世界では日本式のお供えは通用しなかったか。
領主の館で行われているパーティには一応出席はしたけど、デイジーに言われたように、顔合わせ程度にしか参加していない。
領主とシャロット、それと各商店街の代表達に挨拶をして、目についた料理を魔力収納に詰め込んで帰ってきただけだ。
まぁ貴族も沢山いたけど、俺の見た目のせいか、話し掛けられる事はなかった。遠巻きに此方を見てはひそひそと話していたり、珍獣を見るような目を向けられていたけど、この見た目だしな、それは仕方がないと思い割り切る事にした。
シャロットが言うには、今年の年越しパーティは今までで参加者が一番多いのだそうだ。なんでも中立派の貴族を多目に招待したらしい。この一年でレインバーク領はゴーレムの新しい術式の開発や空間魔術の実用化、他種族との交流により、飛ぶ鳥を落とす勢いで力をつけてきた。
そして中立派の筆頭でもある三大公爵の一人、美食家としても名高いマセット公爵に気に入られた事も相俟って、良い意味でも悪い意味でも目立つ存在になっていった。ここらで味方とは言わないが、少なくとも敵を増やさないよう根回しする必要があるとのこと。
難しい話しは分からないが、貴族の世界と政治的の駆け引きはややこしくて面倒である。やっぱり俺にはただの商人で充分なんだけど、周りがそれを許してはくれない。なら一日も早くこの危機的状況を改善しなくてはならない。カーミラの事だけでなく、世界のマナが年々減少している状況。魔王出現の兆候に、魔物と人間の全面戦争に発展する可能性。細かな事も含めると問題は山のようにある。
何も俺一人で全部解決しようとは思ってはいないけど、その殆どに首を突っ込んじゃってるからなぁ…… まぁ、今更何を言っても手遅れだけど、愚痴ぐらいは言わせて貰いたい。どうしてこうなったんだろうな。俺はただ、それなりの生活が出来ればそれで良かったんだけどね。
『私達、アルラウネ一同。これからもこの夢のような楽園で過ごすため、より一層ライル様に尽くしたいと思います』
新年の祝いと言う事で、アルラウネ達にも蜂蜜酒やデザートワイン、果実酒の振る舞った所、何故か様付けされてしまった。テオドア曰く、魔力の影響を受けやすい魔物は、この魔力収納の中にいるだけで容易に強化が出来ると言う。
アルラウネ達もその例に漏れず、知能が上り、言葉遣いが流暢になっていた。聞き取りやすくて良いのだが、簡単に魔物を強化できるのは考えものだな。無闇に魔物を収納内に入れないようにしよう。
年越しの宴会は日が昇るまで続いた。この世界では日本のように初日の出を拝む習性も無ければ初詣も無い。なのでゆっくりと寝坊が出来る訳である。
しかし商人に正月休みなどは存在しない。新年早々、交易船は何時も通りに港にやって来ては商談を始める。東商店街の代表であり、交易商を営んでいるサラステア商会は朝から通常業務で働いていた。
酒場なんか年末年始は丸一日やっていて、年越しで騒ぎたい連中の溜まり場だ。中々にハードである。その分、後でキッチリと休みを取るらしいけどね。
俺の方も休みは午前迄で、午後からは店を開いている。午前中は皆、年を跨いで騒ぎ疲れているので外に出る人は少ない。だけど午後になれば、休みを取っている市民や冒険者達が外に出始める。新年を迎え、浮き足立つ人達の財布の紐は弛い。これを逃す商人はいないので、ここぞとばかりに出店を開く者や値引きをしてくる店が出てくる。商人達の戦いは既に始まっているのだ。
そんな忙しい三が日の合間を縫って、これからの事を皆で話し合う為、二階の客室にクレス、レイシア、リリィ、シャロットの四人を呼び集め、自動人形であるアイリスがいた島での出来事を報告した。
「そうか、そんな事が…… とにかく、皆が無事で何よりだよ」
「アイリス殿の騎士にも勝るその忠誠心、実に感服する。私も会いたかったのだが、実に残念である」
話しを聞いたクレスとレイシアが其々の反応をしているなか、今までの情報を整理して対策を講じる。
「先ず俺が気になったのは、元盗賊の頭領だったゼパルダの事です。彼の肉体はどう考えても人間のものでは無かった。それに加えてムウナがゼパルダに執着していたのもおかしい。ムウナ、ゼパルダに何を感じたんだ? 」
テーブルに用意されている蜂蜜クッキーを頬張っているムウナに疑問をぶつけると、変わらず辿々しい口調ではあるが答えてくれた。
「ムウナと、おなじ、におい、した。ムウナと、おなじ、からだ。だから、かえして、もらおうと、おもった」
うん? ムウナと同じ肉体だって? そう言えばゼパルダが死んだ時、肉体は黒いヘドロのように溶けて無くなっていた。あれはドワーフが管理していた封印の遺跡で、ムウナの体を乗っ取った人型の化け物と戦い、倒した時と全く同じ死体の消え方だった。
「ムウナ君の言葉が真実だと致しましたら、一体どの様にしてムウナ君の体の一部を手に入れたのでしょうか? 」
シャロットは不思議そうに首を傾げる。
「多分ジパングで、カーミラの隷属魔術で操られたエレミアが、ムウナの首をはねた時だろうね。あの時、カーミラは目的の半分は達成したと言っていた。その目的の一つがムウナの肉体の破片だとしたら辻褄が合う」
「しかし、切り離されたムウナ君の肉体は溶けて消えるんだろ? そんな物を回収なんて出来るとは思えないけど」
「確かに、クレスさんの言う通りです。ですが、カーミラは俺達の知らない魔術を幾つも開発しています。その中に、ムウナの体を消えずに保管できるようなものがあってもおかしくはありません」
成る程―― と言ってクレスは難しい顔をした。
「では、カーミラさんはムウナ君の細胞を回収して、ゼパルダさんの肉体へ埋め込んだと仰いますの? 」
「いや、恐らくだけど、ムウナの細胞とゼパルダの細胞を掛け合わせて体を作った。その体にゼパルダの魂を入れた魔力結晶を埋め込んだんじゃないかな? だからゼパルダは若返っていたんだと思うよ」
そしてその強さは身をもって体験した。パワー、スピード、タフネス、全てが桁外れ。あれで被験体なのだから驚きだ。今後もムウナの細胞を使った奴等が出てくるのだろう。厄介な相手が厄介な物を手に入れたもんだな。
「ごめんね、ライル。私のせいで…… 」
「いや、エレミアは何も悪くはない。全部カーミラが悪いんだから、謝る必要はないよ」
落ち込むエレミアを慰めつつ、話を進める。
「それで、どうするのだ? ライル殿の話しだとミスリル以上の強度でないと、傷を付けるのが難しいのだろう? 」
レイシアが腕を組み、疑問を投げ掛ける。
「それなんですが、あれはゼパルダだけなのか、他の者達も同じ性能なのかは分からないんですよ。でも対策としては、アイリスから託された破壊魔術があります。この術式があれば如何に硬かろうが問題にはなりません。まともに使えたならですけど…… 」
「…… 今、ギルと一緒に術式の解読と理解を深めている最中。なので、暫くは魔力収納内に籠りっきりになるから、よろしく」
リリィの言葉を受けて、クレスとレイシアは軽く頷いた。
「そう言う事なら、また暫くは別行動になるね」
「うむ。リリィ、頼んだぞ」
さて、お次はギガンテスについてだな。あれにも幾つか気になる点が見つかった。