26
シャロットは抱き抱えているアイリスを、そっと木の根元へと下ろした。
そこへ、人化したギルとギガンテス達を倒し終わったリリィ、アンネ、テオドアが集まってくる。
「ねぇ! 今どうなってんの? 」
「…… あの女性の言う事が本当なら、島の動力源が奪われた」
「おぉ~、こわ…… あいつ全然変わってねぇな。俺様に気付いてなくて良かったぜ」
島はまだ小刻みに揺れている。アイリスは静かに閉じていた目を開け、俺達を見回す。
「み、皆様…… 動力を失った事で、島は止まり、浮力はなくなり、直に沈むでしょう…… 早く、脱出を…… 」
「アイリスさんは、どうするおつもりなのですか? 」
「わ、私に残された時間は、あと僅か…… ここに残ります。そんな顔をなさらないで下さい、シャロット様。私は満足です…… 最後に貴方方と出逢えて…… ライル様、人形にも、魂はありますか? 私も、マスターのいる、あの世とやらに行けますでしょうか? 」
こんな時、嘘でも良いからあると答えるべきなのだろうか? どうしよう…… 言葉が思い浮かばない。
「大丈夫! アイリスには魂がちゃんとあるよ! 妖精の目は魂を視ることができるの。だから…… あの世にだって行けるよ!! 」
アンネが堂々と断言した。それを聞いたアイリスはゆっくりと空を見上げる。
「そうですか…… あぁ、マスター…… やっと…… やっと終わりました。マスター…… いま…… おそばに…… まいり…… 」
アイリスの目から光が失い…… 完全に停止した。彼女には本当に魂はあったのだろうか? アンネは本当に魂を視たのだろうか? それは妖精であるアンネにしか分からない。でも、その真偽を確かめる気にはならなかった。
シャロットは開いたままのアイリスの目を閉じ、優しく抱き上げる。
「なぁ、別に死んだ訳じゃねぇんだし、直せばまた動くんだろ? 」
テオドアの問いに、シャロットは首を振った。
「確かに、そうかもしれません。ですが、コアに刻まれていた術式は新しく書き直さなければいけません。そうなると、アイリスは私達の事はおろか、全ての記憶を失ってしまいます。それはもう、同じ姿をした別人ですわ」
「それじゃあ、アイリスはここに? 」
「えぇ。せめて、アイリスさんのマスターの傍で眠らせてあげましょう。その方がきっと、喜びますわ」
アイリスを抱き上げたまま、シャロットは研究所へと歩いて行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『さようなら、そしてありがとうございました。貴女の事は決して忘れはしませんわ』
俺とアンネ以外を魔力収納の中に入れて、空から沈み行く島を見届けてから、アンネの精霊魔法でインファネースへと戻った。
シャロットは自分の館へ戻るなり、すぐに王都へ提出する論文を書き始める。何でも
「島を守る為に協力するという約束は守れませんでしたので、もうひとつの約束だけは、何としても果たしたいのですわ。この技術はアイリスさんと、そのマスターが生きた証しなのですから」
と、言う事らしい。
リリィとギルは、アイリスから託された破壊魔術の術式を解読しようと頭を悩ませている。どうしても分子という物が分からないらしい。
「…… 物質の元となる小さな粒、私の体も分子の結合によって出来てる? むぅ、信じがたい」
「そもそもこれは異世界の知識であろう? 我らに理解出来るか問題だな」
俺も化学の授業でしか習ってはいないので、そんなに詳しくは無いんだよな。でも、この術式が完璧に使えるようになったのなら、カーミラに対抗する強力な力となる。アイリスにも頼まれたしな。絶対にカーミラの好きにはさせない。
俺はというと、数日後に控えている領主の館で開かれる年越しパーティの準備に勤しんでいた。
「なぁ、これって少し派手じゃないかな? 」
リタの服飾屋で仕立てて貰った衣装を試着している俺はそう呟く。
「そんな事ないですよ! スッゴく似合ってますよ。それにこういう少し派手目なのが、いまの流行なんです。貴族様のパーティなんですから、これぐらいが丁度いいんですよ」
「そ、そうかな? 」
本当に? リタを信じても良いんだよね?
「うん、似合ってる。格好いいよ、ライル」
「おぉ! 馬子にも衣装ってやつだね!! 」
おい、アンネ。それは誉め言葉じゃないぞ。エレミアは良いと言ってくれてるけど、恥ずかしいのは変わらない。やだな~、田舎者が調子に乗ってるとか思われたらどうしよ。何だか不安になってきた…… 今からでもキャンセル出来ないかな。
アイリスの島は完全には沈まなかった。海の底が思ったより浅かったらしく、地面から俺の腰上ぐらいの高さまで水没した所で止まったのだ。
インファネースへと進路を変更していた事もあってか、人魚達の島に近い場所に止まり、動く気配はない。朽ちてはいるが建物もある。なので人魚達は、管理も兼ねて新しい拠点としてその場所を利用すると決めたらしい。
木々の根元は完全に海水に浸かっているので、枯れていくかと思われたが、余計な塩分を葉から排出し、必要な水分を確保出来るように変化していた。流石は異世界の樹木、たくましいね。
大海原に突如として現れた大きな森。人魚達が拠点とし、管理しているこの場所には大きな地下施設がある。
その一室で椅子に座る白骨化した亡骸の傍に、まるで眠っているかのように寄り添う人形がいることは…… 俺達しか知らない。