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「またてめぇか!? しつこいんだよ、化け物がぁ! 」
「ムウナは、ムウナ。化け物、ちがう」
俺達から離れた場所で、ムウナがゼパルダを抑えているうちに魔力念話でエレミアを呼び戻す。残りのギガンテスは、リリィ達に任せても大丈夫だろう。
「シャロット様、ライル様。提案がございます。私のコアに刻まれている魔術を使用すれば恐らく、あの者を倒せるやも知れません」
両足を失い、シャロットに抱き抱えられているアイリスが、相変わらずの無表情で言葉を発する。
「それは、一体どんな魔術なんですか? 」
「あらゆる物体の分子結合を崩壊させ、粒子の細かい塵へと変えます。ただし範囲がすごく狭いので、正確に狙わなければなりません。ですが、先程のダメージで照準機能が壊れてしまいました。これでは遠くから狙うのは難しいと存じます」
なんだそりゃ? じゃあどんなに硬くてもその魔術の前では無意味って訳か。究極の破壊魔術だな。
「…… そのような強力な魔術、きっと負担は大きいはず。今のアイリスさんが使用しても平気なのですか? 嘘は無しですわよ。正直にお答えください」
シャロットの真剣な眼差しに、アイリスはそっと目を伏せた。
「私のコアの劣化具合いを鑑みまして、一回の発動が限度。その後、活動限界を迎えるでしょう」
あぁ、そう言えばコアの劣化が激しいとか言っていたな。
「そんな事、わたくしが許容できる訳がありませんわ。他の方法を探しませんか? 」
「シャロット様。これが確実で、最善なのです」
「そんな…… そんなのは最善ではありませんわ…… アイリスさんを犠牲にするなど…… 」
納得できないシャロットに、アイリスは優しく言葉を紡ぐ。
「私の為にありがとうございます。でも、これで良いのです。どのみち私はそう長くありません。朽ちていくこの身ひとつでシャロット様達を救えるのなら、安いものです。それに、あの者はシャロット様の大切なものを全て壊すと仰っていました。ここで確実に仕留めなければなりません。なのでお願い致します…… 私にシャロット様の大切なもの達を、守らせてください」
「アイリスさん…… 分かりましたわ。本当は嫌ですが、アイリスさんのお覚悟を無下には出来ませんものね」
アイリスの説得と覚悟を見せられ、無理矢理に自分を抑え、了承したシャロット。その顔は哀しげに歪んでいた。
「ライル! 大丈夫なの!? 」
ここでエレミアが到着し、ゼパルダを打ち倒す作戦を考える。アイリスの破壊魔術の範囲は小さく、加えて一回しか発動出来ない。正確にゼパルダの魂を保護している魔力結晶に当てなければならない。
結晶がある箇所は既に分かっている。本来心臓がある部分から魔力が全身に流れているのを確認済みだ。発動に必要な魔力は俺が工面するとして、照準機能が故障したアイリスが確実に魔術を当てるにはどうするか? それは俺の魔力収納を利用すれば良い。
先ず、動けないアイリスを収納内に待機させ、ムウナとエレミアでゼパルダの気を引いて貰う。その間に俺はゼパルダの周りに魔力を張り巡らせて、何時でもゼパルダの近くにアイリスを送り出す準備する。
そして、ゼパルダが隙を見せたタイミングでアイリスをすぐ傍に出現させ、心臓部に魔術を撃ち込む。
「分かったわ。とにかく私とムウナで奴と戦えば良いのね」
「あぁ、無茶はしなくて良い。ゼパルダに隙を作らせるだけで大丈夫だから」
エレミアとムウナなら戦力的に問題はないはず。
「わたくしも行きますわ」
「えっ? いや、シャロットはまだ安静にしていたほうが…… 」
「ゴーレムスーツがあれば大丈夫ですわ。お願い致します。アイリスさんの覚悟にわたくしも応えたいのです。黙って見ている事など…… したくありませんの」
う~ん、こりゃ駄目だな。説得は無理そうだ。
「エレミア、余裕があればシャロットも頼むよ」
「えぇ、任せて」
さて、作戦開始だ。
俺はアイリスを魔力収納へ入れて、エレミアとシャロットと一緒に、ムウナと戦っているゼパルダの下へと走る。
そこには襲い掛かるムウナの触手を殴り潰しているゼパルダがいた。潰されては瞬く間に再生して襲ってくる触手に、ゼパルダは大分苛ついてるみたいだ。
「それじゃ、行ってくるわね」
「わたくしも、参りますわ」
エレミアとシャロットが戦闘に加わる。突如迫るエレミアの蛇腹剣に焦るゼパルダに、シャロットがチェーンソーブレードを振り下ろす。
「はっ! せっかく助かったのにまたやられに来たのか、シャロット・レインバークぅぅ!! 」
「いいえ、貴方を倒しに来たのですわ! 」
「たった一人増えた所で、無駄なんだよ!! 」
三対一でもゼパルダの勢いは殺せない。エレミアの魔法もゼパルダの筋肉には然程効いていないようだ。本当に頑丈な肉体だな。
『ライル様…… この魔術はマスターが開発した中で最も強く、最も危険な術式です。多くの者達がこの術式を求め、島を訪れて来ました。その中には武力行使をしてくる者もいました。それを見たマスターはこの魔術に関する記述を全て抹消し、島に結界を張って身を隠したのです。今残っているのは、私のコアに刻まれた術式だけ。それも、私のコアには外部から何らかの干渉があると自動的に術式を破壊するプロテクトが掛けられていますので、実質誰もこの術式を知る術はありません。その為マスター亡き後、自力でのコアの修復は不可能になり、ただ活動限界を迎えるのを待つばかりの日々でした。そこに貴方方が来て下さいました。マスターの意志を継いでくれるシャロット様とも出逢えました。貴方方と過ごした日々は短かったけれど、とても懐かしく、楽しいものでした。そう…… 上手く説明出来ませんが、楽しかったのです。ふふ…… これが感情というものなのですね。今やっと、理解出来たような気がします』
アイリスから魔力念話を通じて、俺の頭の中に複雑で膨大な術式が送られてきた。もしかして、これが例の破壊魔術なのか? なんて量と大きさだ。これを解読して理解するには結構な時間を要するだろう。
『外部からは干渉出来ませんが、私の方からライル様に術式を送る事は可能です。どうかマスターが生きた世界を、そしてシャロット様がこれから生きる世界を、どうか…… お頼み申し上げます』
そう言って頼むアイリスの顔は何時も通りだったが、どこか穏やかな表情にも見えた気がした。
「はああぁぁ!! 」
シャロットの気合いの叫びと共に、チェーンソーブレードがゼパルダの足を捉える。バランスを崩したその時、アイリスが叫んだ。
『ライル様! 今です!! 』
その合図を受け、幾つも張り巡らした魔力を通ってゼパルダの目の前にアイリスを送り出す。
「なっ!? てめぇ、何処から―― ! 」
突如現れたアイリスに目を丸くするゼパルダ。アイリスの右腕が上下に別れ、中から出た銃口をゼパルダの心臓部分にしっかりと照準を合わせる。
「お別れです」
銃口から赤く、細い一筋の線が発射され、ゼパルダの胸を貫いた。
「うがぁぁぁ!! な、なんだ! これはっ!? 」
ゼパルダの胸の周りが赤く染まり、塵のようになって崩れていく。後に残ったのは、胸にポッカリと風穴を開けたゼパルダの姿だった。