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「ねぇ、アイリスさん。わたくしの元で働きませんか? ゴーレムの研究に是非とも貴女にご協力いただきたく存じますの」
この日も地下の食堂で朝食を取っていると、前触れもなくシャロットがアイリスに勧誘の言葉を掛ける。
「まことに有り難い申し出では御座いますが、お断りさせて頂きます。私のマスターはクラーク様のみ。私が付き従う存在はマスター以外にはあり得ません。本当に申し訳ございません」
「そうですか…… とても残念ですが、仕方ありませんわね」
深く頭を下げるアイリスに、シャロットは肩を落として落胆した。
「つまり、マスターの命令でアイリスは島から離れられないんだよね? なら島ごとインファネースに来るというのは? 別にシャロットをマスターにしなくても今までのようにサポートぐらいは出来るだろ? 」
「そうですわ! アイリスさんおひとりでは島の管理も大変でしょうし、わたくしが協力致しますわ。それにインファネースまで来て頂けたら、わたくしが島を訪ねますので、そのときは研究の手伝いをお願いしたいですわ。主従ではなく、お友達として」
俺の提案にシャロットが乗ってきた。先ずは島をインファネースまで来させて、そこからなし崩し的に開拓の話を持ち込めばいい。島を破壊する訳では無いのだし、問題ないはず。
「お友達…… それは対等な立場という事ですか? 」
「えぇ、そうですわ。色々とお願いすると思いますが、嫌なら断っても宜しいのですのよ。だってお友達ですもの。アイリスさんも、わたくしにしてもらいたい事があるのなら遠慮なく仰って下さい」
アイリスの表情は一ミリも動いてはいないが、動揺でもしているのか、それともシャロットの言葉を吟味しているのか、じっと立ち止まったまま微動だにしない。
「…… でしたら、シャロット様には防衛用ゴーレムの修理と増強をお願いしてもよろしいでしょうか? これならば島を守るというマスターの命令に背く事なく、シャロット様もゴーレムの研究が出来ます」
「っ!? それで十分ですわ! 感謝致します!」
「いえ、此方こそありがとうございます。早速、島の進路を変更致します」
そう言うとアイリスは、足早に食堂から出ていった。
「ライルさんの助言で何とかなりそうですわ。ありがとうございます」
「ん? あぁ、気にしなくても良いよ。下心があって言った事だしね」
「フフ、それでも感謝しておりますわ。正直、頂いた資料があればわたくしの館でも研究は出来ます。でも、どうしてもアイリスさんを一人にはさせたくはありませんでしたの。だって、余りにも寂しそうでしたので」
寂しそう、か。ロボットを愛するシャロットには、今も忠実に命令を守るアイリスの姿がそのように見えるらしい。
朝食を済ませ、開拓予定である地上の下見の為、エレミアと一緒にエレベーターへと向かった。その途中に、アイリスのマスターであるクラークの部屋を通り過ぎる事になるのだが、少し扉が開いているのに気付く。
閉め忘れか? 不用心だなと思いつつ近寄ると、中からアイリスの声が聞こえてきた。どうやら誰かと話しているようだ。気になった俺は、そっと耳をそばたてた。
「マスター、初めて私にお友達が出来ました。何だか、胸の奥に熱くなるものがあります。長くメンテナンスをしていなかったので、不具合が生じたのでしょうか? マスターなら、原因が分かるのでしょうね。何でも知っておられましたから。マスター…… まだ、マスターから教えていただいた心というものが理解出来ません。それは私が人形だからでしょうか? 私が人間だったのなら、理解出来たのでしょうか? 」
俺はアイリスに気付かれないよう、静かにその場を離れた。
恐らく、ああいう事を長年続けているのだろう。何かある度に、物言わぬ屍になったマスターに報告している。
シャロットの言った寂しそうというのは、あながち間違いでもないのかも。心が理解出来ないと言っていたアイリス。でも、それを求めた時点でアイリスには心があるのだと、俺はそう思いたい。
何時もの無機質なアイリスの声が、少し弾んでいたように聞こえたのは、きっと俺の気のせいではないはず。
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さて、めでたくお友達になったシャロットとアイリスだが、その後も順調に友情を育んでいるように見える。
ゴーレムを研究している時は勿論、それ以外でもよく一緒にいるのを見掛ける。仲睦まじく寄り添う様は、友達というより姉妹のようだ。
シャロットはアイリスに良く研究とは関係ない事も話す。それは父親である領主に対する愚痴だったり、西商店街にある喫茶店に新しいデザートが売られるようになってうれしいとか、時折、女性達で集まって交友を深めているようだ。
一度、何をしているのか気になったテオドアが姿を消して覗きに行った事があるけど、見事エレミアに撃退されて戻って来た。曰く、「女の子達の集りに男が割り込むのは無粋」 なのだそうだ。
進路を変更した島は、着実にインファネースに近付いている。アイリスもシャロット達に馴染んできているようだし、そろそろ開拓の話しをしても良い頃合いだな。
その時の俺は、何もかもが上手く行くような気がしていた。そう、彼等がこの島にやって来るまでは……