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俺も含めて皆、声を失った。まさか死体を紹介されるとは思っても見なかったからだ。でも冷静になって考えれば分かる事だった。二千年も生きている人間なんていないよな。
「…… あの、アイリスさん。その、クラークさんは…… 」
「はい、既にお亡くなりになっております。ですが、命令はまだ生きていますので、こうしてマスターをご紹介致しました」
アイリスは事もなげに答えた。きっと、その命令とやらがあるかぎり、彼女はあの死体にずっと付き従って行くのだろう。
ふと横目でシャロットを見ると、手を合わせて祈っていた。俺も目を瞑り黙祷を捧げる。
「やはりお二人は何処かマスターと似ています。何故でしょう? 見た目も、骨格も、何もかも違うというのに…… 不思議です」
表情ひとつ変えないで、首を傾げるアイリス。もしかして、クラークも俺達と同じ世界の記憶持ちだったのかもな。
「アイリスさんにお願いが御座いますわ。ここにある研究資料を拝見しても宜しいでしょうか? 」
「…… 私も、お願い。未知なる魔術、とても興味深い」
超古代の魔術と技術に、シャロットとリリィは興味津々のようだ。目が研究者のそれに変わっている。
「はい、それは構いません。もうマスターには不必要な物ですから、ここにある以外にも必要な物があれば持っていっても良いですよ。ですが、ここはマスターのお部屋なので、読むなら別の部屋にてお願い致します」
うへぇ、これ全部? 結構な量だぞ。大変だなと他人事のように思っていると、シャロットとリリィが二人して俺を見詰めていた。まぁ、そうなるわな。俺は床に積まれている研究資料と本を全部魔力収納に収納した。
「ライル様はとても便利なお力を持っていらっしゃるのですね。羨ましいです。私にもそのような機能があれば、もっとマスターの役に立てたのですが」
う~ん、本当にそう思ってる? 表情が何一つ変わらないから分からないんだよな。人形だから表情筋が無いのか?
その後、客室へと案内され、一息つく。リリィは早速、魔力収納内で資料を読み漁り、シャロットはアイリスに頼んで、他の自動人形の残骸を調べている。
『ほう、面白い。こんな術式もあったのだな。二千年前か…… よもやこんな島があったとは気付かなんだ』
『…… この資料によれば、認識阻害の術式が島に掛けられていたみたい。でも、何らかの要因でその術式が解かれた。だから今見付けられたのだと思う』
『むぅ、それならば納得だ。動く島など目立つものなのに、今まで見付からぬのは腑に落ちないと思っておったからな』
認識阻害の魔術か。何かの役に立ちそうだ、後で教えて貰おう。あれから地下を調べ回っていたテオドアだが、特に何も見付けられないまま戻ってきた。いや、研究室とかあったんだけど、素人の俺とテオドアでは何も分からなかっただけなんだけどね。シャロットに任せれば、新しい発見があるかも知れない。
「それで、これからどうするの? 」
宛がわれた部屋で、俺はエレミアとアンネと共に紅茶を飲みながらこの後の予定を相談していた。因みにムウナは収納内でぐっすりとおやすみしている。羨ましい。
「もう少し調べて、有用なものがあれば回収してしまいたい。それに、シャロットはまだ帰りたくないだろうしね」
リリィは黙々と本や資料にかぶり付いているし、シャロットなんかものすっごいやる気に満ちていたからな。ここで帰るなんて言っても、あっさりと残るなんて言いかねない。領主様の一人娘を残して帰るなんて出来やしない。なら、満足するまで待つ他ないだろ?
それに、新商品になりそうな物もあるかも知れないしね。東商店街の代表であるサラステア商会は、今では人魚とジパングとも貿易を始めたので、此方のアドバンテージが失われつつある。
ん? まてよ…… この豊富な大地をこのまま遊ばせるのは勿体ない。アイリスと相談してなんとか開拓出来ないものか。大きな生物が生息していないということは、外敵がいないということ。安心して畜産業を行える。この前も養鶏場が魔獣の被害にあったばかりだしな。安全な土地で鶏や牛なんかを育てるのも良い。
この島は移動が可能なのだから、インファネースだけでなく各地を回れば人手は容易に確保出来そうだ。奴隷達や仕事にあぶれている人達を大量に雇い入れて、本格的な農業を始めてみるのも良いかも。おぉ、夢が広がるね。まぁアイリスの許可が下りること前提なんだけど。
そんな事を頭に思い描いていたら、シャロットが戻ってきた。
「どうだった? 何か良い発見でもあった? 」
「もう、それは素晴らしい発見ばかりでしたわ! まさか、あのような方法があったとは…… 残念ながらコアは劣化が激しく、刻まれていた術式もボロボロでしたので、碌に調べも出来ませんでしたわ。でも術式は資料が残っているとの事ですし、後でじっくり拝見させて頂きます。今は現物を調べる方が先決ですわ! 聞けば防衛用のゴーレムもあると言うのです。楽しみですわ」
うん、楽しそうで何よりだよ。
「アイリスさんは、今何を? 」
「夕食の準備をして下さるそうですわよ。久方振りの客人だからと言って、張り切らせていただきますと仰っておりましたから、楽しみですわね」
おぉ、それは期待してしまうな。