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めでたく家に迎え入れる事になったシャルルとキッカに、店の地下室にある転移門と魔力支配のスキルについて説明した。二人とも驚いてはいたけど、約半年この店で働いていて何処かおかしいとは感じていたらしく、疑問に思っていた事が解明してスッキリしたと言っていた。
「まさか地下がエルフやドワーフ、人魚達が住む場所に繋がっているなんて思いませんでしたよ。しかも売店まであるなんて…… 今度からは私達も接客に加わるんですよね? 大丈夫かな? エルフやドワーフの皆さんにはこの街で会って話したりしていますから多少は慣れていますけど、人魚は初めてです」
「大丈夫、基本穏やかな種族だからさ。何時も通りのキッカの接客をしてくれれば問題ないから」
「はい、分かりました。でも、アンネちゃんやムウナ君が突然いなくなる事があるから不思議に思っていたんですけど、その、魔力収納? って所にいたんですね。やっと謎が解けました」
キッカが妖精であるアンネの存在を知っている事から予想出来るとは思うが、エルフとドワーフがインファネースに出入りするようになってから、アンネも自由に外を飛びたいと駄々を捏ねてきた。
騒がれるのが面倒だからと言って自分から魔力収納に引き込もっていた癖に…… まぁ、珍しさで言えば妖精と同じ位の人魚も漁港によく姿を見せているし、今更妖精一匹、街中で飛んでいたとしても、それなりに免疫がついた街の人達はそんなに騒ぐ事はないだろうと思い、アンネの好きにさせてみた。
結果、俺の読み通り、それほど街は騒ぎにはならなかった。これにはアンネも少しむくれていたけど、街中を自由に飛び回れるのが嬉しかったようで、直ぐに機嫌を良くしていた。今では、ムウナと一緒に度々外へと出掛けている。
「キッカとシャルルにもわたしの最高で完璧な家に招待してあげるよ! でっかい湖に綺麗な花畑もあって、楽しいよ! 」
「うん! 楽しみにしてるね、アンネちゃん! 」
「う、うん。僕も、楽しみ」
ふぅ…… 肩の荷が降りた気分だ。家の中ぐらい隠し事はなしで休みたいからね。
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「へぇ、これは凄いな。よく描かれている」
「まぁな! 俺様に掛かればこれぐらいどうってことはないぜ! 」
二階の客室で俺とエレミアとテオドア、それにクレスとレイシアと挙ってテーブルに置かれている一枚の紙を眺めている。
その紙に描かれていたのは、今にも敵を殺さんとしている憎しみで歪んだカーミラの似顔絵だ。髪の毛一本一本、顔の皺までも精密に描写されている絵に皆感心していた。テオドアを嫌っているレイシアまでも思わず唸るほどの出来映えである。
何故カーミラの似顔絵なんかを用意したかというと、クレス達が、そんなに危険なら手配書でも作ってみてはどうだろうかと提案してきたからだ。だけど両手が無い俺は勿論のこと、エレミアも壊滅的に絵心がないし、絵を描いたことのないアンネは子供の落書きレベル。ギルにいたってはやる気がない。クレス達はカーミラの顔を知らないので論外。この案は見送りかなと思っていた所、以外にもテオドアが名乗りを上げた。
「だけど、何で彼女はこんなに怒っているんだい? 」
クレスの言ったように、見てるだけでも背筋が氷り、逃げ出したくなるほどに描かれているカーミラの顔は憎しみと怒りに満ちている。
「仕方ねぇだろ? あの女の印象に残ってる顔なんてこれしか思い浮かばねぇんだからよ」
この似顔絵は、テオドアの念写スキルという力で描いたものらしい。描いたというより、記憶に残っている映像を紙に写したと言った方が良いだろうか。何気に多才なんだよな、テオドアって。
「フンッ、見ろ、この憎悪に歪んだ顔を。余程の事があったのだろう。こやつの人となりが良く分かる一枚であるな」
「ああん? お褒めに頂き光栄だね、騎士様よ。因みに、こういうのも描けるぜ」
別の白紙に何やら念写したテオドアは、魔力で紙を持ち上げて、レイシアに渡した。
渡された紙を見たとたん、レイシアは声にならない叫びを上げ、直ぐさまビリビリと紙を破り捨て、テオドアを睨み付ける。
「貴様ぁ!! 何時何処で…… こんな…… おのれ! 許さん! 」
怒りのあまり上手く言葉がでないレイシアが腰に差している剣を抜いた。
おいおい! 部屋の中で剣なんか抜かないでくれよ、危ないだろ!
「ヘヒャヒャヒャ! まだまだあるぞぉ! ほらぁ!! 」
部屋中に無数の紙が舞う。その一枚を魔力で操る木の腕で掴み見てみると、そこに描かれていたのは一糸纏わぬレイシアの裸体だった。シャワーを浴びてるようなポーズをしていて、日頃から鎧を着込んで盾と剣を振るっているからか、手足は普通の女性よりガッチリと、そして腹筋もうっすらと割れている。全体的に筋肉質だが、出ている所は出て、腰はキュッと引き締まり見事なくびれで、つい見惚れてしまう。背も高いし、前世での下手なモデルよりも目を奪われる体つきをしている。
レイシアが入浴しているのを、姿を消して覗いてたんだな。テオドア、恐るべし。
「なんたる卑劣で卑猥な行為! 即刻叩っ斬ってくれる! 」
「おう、やってみろよ。剣なんかレイスである俺様に効くわけねぇだろうがな?」
勝ち誇っているテオドアをよそに、懐から小瓶を取り出したレイシアは、蓋を開けて中の液体を剣に振り掛ける。
「ちょっ、おまっ、聖水は駄目だろ。洒落にならねぇぞ! 」
「元より洒落で済ますつもりなど毛頭ない」
聖水で濡れた剣をテオドアに向けて突き出す。動揺していたテオドアは、体にこそ刺さらなかったが左肩に剣が突き刺さってしまった。
「あっつ! くそ! 死にはしねぇけど、あっついんだよ! おい! そこの優男、おめぇの仲間だろ? 止めてくれよ! 誓約のせいで手出しが出来ねぇんだ! 」
「優男って僕の事かい? 残念だけど、君を擁護する気にもなれないよ。流石にこれではね」
どうにもならないと首を振るクレスに、分が悪いと感じたテオドアは、姿を消して部屋から逃げ出した。
「ぬう! 姿を消すとは卑怯だぞ! 男らしく出てきたらどうだ! 」
「レイシア。テオドアならとっくに部屋から出ていったわよ。多分店にはもういないわ」
エレミアの両目にある義眼の魔道具はメンテナンスと改良を重ね、今では魔力さえも視れるようにもなっているので、姿を消したテオドアを捉えることが可能である。そのエレミアの言葉を素直に受け取ったレイシアは店から飛び出して行き、クレスも「それじゃ、また」と言って、その後を追って走り出す。
はぁ…… どうすんだよ、これ。
俺とエレミアは床に散らばったレイシアの裸体が描かれている紙を拾い集める。
全く、紙だってタダじゃないんだぞ。無駄遣いしやがって…… それにしても、全部同じポーズだけど、一枚一枚違うアングルで描かれているな。この下からのアングルなんて最高じゃないか!
俺は胸派か尻派かどちらかと言えば、断然尻派である。腰から尻を通り太ももまでの曲線が好きだ。ずっと見ていても飽きないぐらいに。鍛えられ、程よく引き締まっているレイシアの体は、俺のフェチ心をピンポイントでくすぐってきやがる。
「ライル…… 全部燃やすから、一枚も残さず私に渡して。この部屋から持ち出そうものなら…… 分かるわよね? 」
「…… はい」
エレミアの宣言通り、レイシアの裸体画は全部処分されてしまった。うん、これで良いんだ。残念だとか、一枚ぐらい取っておけばとか、そんな事は微塵も思っちゃいない………… ほんとだよ?