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腕なしの魔力師  作者: くずカゴ
【第十一幕】古代遺跡と終わりを願う自動人形
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5

 

 この日、店に珍しいお客が訪ねてきた。


「お久しぶりです、ライルさん。約束通り、また寄らせて頂きました」


「スズキさん!? 久しぶりですね! まさかこんなに早くまた来てくれるとは…… 」


 ジパングのしがない行商人だったスズキ。薄くなり始めている頭部は相変わらずだが、着ている服は出逢った頃に比べて、仕立ての良いものになっていた。


「実は、空間収納のスキルとインファネースへの安全な航路と引き換えに、とある貿易商へ入会させてもらったんです。エルフのワインとブランデー、デザートワインにマジックバッグといったインファネースの商品がジパングで話題になり始めましてね。この機を逃すまいと、なりふり構わずと言った所です。この商会でお金を貯めて、何時か貿易を主とした自分の商会を立ち上げたいと思っています。そしてゆくゆくは、大陸にある各国への航路を開拓していくのが私の夢です」


「立派な夢じゃないですか。微力ではありますが、俺も応援しますよ」


「それは心強い。ありがとうございます」


 スズキはマジックバッグとテント、各種お酒を仕入れ、逆に俺はスズキが持ってきた清酒と焼酎を仕入れた。そのやり取りを見ていた常連達が目敏くスズキに話し掛ける。


「貴方、ジパングの商人なのぉ? なら、良い化粧品や珍しい薬なんか無いかしら? 」


「あの! ジパングには大陸とは違った華やかな服があると聞きました。是非ともその布が欲しいのですが、持ってきてますか? 」


「へぇ、ジパングから? 遠い所ご苦労様だね。珍しい鉱石なんかあったら見せて貰いたいな」


 デイジー、リタ、ガンテに一気に詰め寄られ、たまたま居合わせたパン屋の主人には向こうで売られているパンについて聞かれて、スズキはたじたじである。


「えっ!? あ、はい、そうですね…… 化粧品と鉱石についてはあまり詳しくは無いもので、すみません。今持ってる薬は風邪薬に、痛み止め、それに不妊薬ですかね。珍しい服と言うのは恐らく着物の事かと。次に来る時には反物をご用意致します。勿論、化粧品や薬、鉱石も持ってきますね。あと、ジパングで売られているパンなんですが…… 」


 律儀にも全ての質問に答えるスズキ。気苦労の多そうな性格は変わらないね。因みに不妊薬は娼館や春を売る人達に良く売れるらしい。なんでもジパングの不妊薬は大陸の物と違って副作用が弱いのに効果は同じなのだそうだ。


「ふぅ、次に来るのは年が明けてからですね。いやぁ、インファネースの皆様のお陰で、今年の年末は少し豪華な食事にありつけそうですよ」


「今年はあと一週間と少ししかありませんが、年末はジパングで過ごされるのですか? 」


「えぇ、そのつもりです。ですから用事が済み次第直ぐにでも出発する予定です。商会の人達は殆ど妻子持ちですからね。この取り引きで、がっぽり稼いでおきたいんですよ。でも私は一人で過ごすんですけどね」


 それを聞いたデイジーが頬に手を当てて腰をくねらせる。


「あらぁ、それは寂しいわねぇ。いい人はいないのぉ? 」


「母はもう他界しましたし、付き合っている女性もおりませんので。毎年一人で酒でも呑みながら年を越していますよ」


 今年もそうなりそうです―― と笑って店を出ていくスズキの足取りは軽く、活気に漲っていた。明確な夢を見付けたスズキには、寂しいとか思う暇は無いようだ。


 楽しみだねぇと話ながら定位置である店の隅に設置されている小さめのテーブルと椅子に戻るデイジー達。それを見計らい紅茶を用意するキッカ。

 というか、あのテーブル何時の間に置いたんだ? 何か喫茶店みたいになっちゃったなぁ。それに気を良くしたデイジー達がもっと店を広くしてくれないかと言ってくる始末。

 何でお前らの寛ぐスペースを確保する為に改築しなきゃならねぇんだよ…… 俺はそっと聞かなかった事にした。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 夕食を済ませ、二階のリビングで皆でゆったりとしている中、俺は犬型の獣人族の兄妹であるシャルルとキッカに近付いた。


「今日も一日お疲れ様。何時も悪いね、店を留守にしがちにして。とても助かってるよ、ありがとう。母さんから君らの働きは聞いているよ。凄く真面目で一生懸命に頑張ってるって」


「いえ! 私達も、こんな素敵な職場で働けて幸せです。クラリスさんやライルさんは優しいですし、お客さまも気の良い人達で、毎日が楽しいです! 奴隷登録をしたばかりの頃は不安で一杯でしたけど、あの時ライルさんに雇って貰って本当に良かったと思っています。感謝してもしきれません」


 そう、彼女達の首には奴隷の証である首輪が嵌められている。契約期間の半年がもうすぐ切れる。だから今ここで確かめておきたい。


「分かっているとは思うけど、来月で契約が満期になる。だから、その、君達さえ良ければなんだけど、奴隷を解約して正式に雇われる気はないかい? 」


 初めは何を言われたのか分からないようで呆けていたが、次第に理解が追い付くと、シャルルは目を見開いて驚いた。


「えっ? 本当に? あ、でも私達、奴隷商でお世話になった分のお金を返さないと…… 」


「大丈夫、解約する時にそのお金も此方で用意するから。どうかな? これからも家で働いてくれないか? それとも、まだ信用出来ない? それなら奴隷のままで契約の更新という形も取れるけど」


「そんな!? 信用出来ないなんて、そんな事はありません! とても…… とってもうれしいです! だけど、本当に私達で良いんですか? もっと仕事が出来て、凄い人達があの奴隷商には沢山います。その人達を差し置いてなんて、良いのかなって」


 段々と声が尻すぼみになっていくキッカに同調するように、シャルルも顔を俯かせてしまう。何時も元気にピンッと立っている犬耳もへたりと垂れてしまっていた。


 良かった、家に来るのには異存はないみたいだ。ただ自信がないだけのようだな。まだ若いのだから無理はない。むしろその若さで大したものだと思う。確か二人とも来年で十五才だったよな…… 俺の前世での十五才といったら、女の子とゲームのことしか考えていなかったぞ。思春期だから仕方ないよね。

 それに比べりゃこの子達は立派だ。まぁ、そうせざるを得ない環境だったとはいえ、良く腐らずにやってこれてたよ。世界が違うとは言っても、子供なのには変わらないのだから。


「確かに、探せば君達よりも仕事の出来る人達はいる。だけどね、そんなまだ出会ってもいない人達よりも、俺は信用出来る君達に来て欲しいんだ。だからお願いします、俺の店でこれからも働いてください」


 頭を下げる俺に、二人は恐縮した様子で慌てた。


「そ、そんな、頭を上げてください! 私達の方こそ、是非ともここで働かせて下さい! ほら、シャルルも! 」


「う、うん…… お願いします」


 頭を下げ合っている俺達に、母さんとエレミアが苦笑している様が容易に想像できる。何はともあれ、これでシャルルとキッカを家に迎えられる。


「じゃあ、話は纏まった事だし、明日のお昼に奴隷商に行って奴隷解約の手続きをしてしまおう。こういうのは早めに済まさないとね」


「え? でも契約は来月末までですよ? 」


「うん、だから違約金を支払う事にはなるけど、年が明ける前に君達を迎えたいんだ。これからも一緒に住む家族としてね」


 シャルルとキッカを守って死んでしまった両親の代わりとは言わないが、新しい家族だと思ってくれたら良いな。


「家族…… はい…… ありがとうございます。私、今まで以上に頑張ります。だから…… これからも、よろしくお願いします」


「ぼ、僕も、頑張るから。よろしくお願いします」



 翌日の昼下がり、シャルルとキッカを連れ立って奴隷商へと赴いた俺は、事情を説明した後で違約金と二人に掛かった経費を纏めて払い、奴隷解約の手続きを行う。


「はい、これでお二人はもう奴隷ではありません。この後の問題は全て当社で責任は持ちませんので悪しからず。それと…… どうか、あの子達をよろしくお願い致します」


 奴隷商の店長であるバルトロは、知り合いの奴隷達に挨拶をしているシャルルとキッカを優しい眼差しで見詰めた後、深くお辞儀をして去って行った。


 こうして我が家に二人の家族が増えた。これで新年を家族として一緒に迎える事が出来るな。

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