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「ごきげんよう、ライルさん。お店の調子はどうかしら? 」
店に訪ねてきたのは、このレインバーク領の領主の娘であり、俺と同じ日本の記憶を持っているシャロットだった。本格的にゴーレムの研究を再開してから、こうして直接店に来るのは随分と久しぶりだな。研究が行き詰まっているとアルクス先生から聞いているけど、こんな所に来ている余裕はあるのだろうか? 心なしか何時もビシッと決まっている縦ロールが、今日は少しヘタって見える。お疲れのご様子?
「いらっしゃいませ。店に来るのは久しぶりだね。研究の息抜きに母さん達と紅茶でも飲みに来たの? 」
「それも悪くはありませんが、残念ながら別の用事で来ましたの。ここにリリィさんがいらっしゃるとクレスさんからお聞き致しまして、まだリリィさんはいらっしゃいますか? 」
「リリィならアンネと一緒に二階にいるよ。転移を防げる結界魔術の開発に協力してもらってるんだ」
あれからリリィには、魔力収納内で過ごしながら魔術の開発に勤しんでもらっている。クレスとレイシアは二人でオークキングとアンデッドキングの所在を調べる為に、他国の商人も訪れる港で聞き込みをしているらしい。
「では、二階へお邪魔させて頂きますわね。ふぅ…… リリィさんが街に戻って来てくれて助かりましたわ」
「アルクス先生から聞いたけど、全然進展はなし? 」
「ええ、どん詰まりですわ。今のコアシステムでは術者とゴーレムは常に魔力で繋がっていなければなりませんの。それに細かい判断も出来ないので、事細かく指示を出さなくてはいけませんわ。もっとAIを強化して大雑把な命令でも、自ら最適解を導き出せるようにしなければ、術者の負担は軽くなりませんのよ。アルクスさんと術式を幾つも作り、テストをしていますが上手くいきません。この術式の何処に問題があるのか分からない状態なのです。なのでリリィさんにアドバイスを承りたく、こうしてお伺い致しましたの」
思ってたより切羽詰まっていたんだな。そりゃ縦ロールも元気がなくなりヘタってしまうよ。二階へ上がる途中で何か思い出したかのように、シャロットは顔を此方へ向けた。
「そう言えば、もうすぐ年が明けますわね。年末のご予定はお決まりですか? 」
「あぁ、そうだな…… 年末年始は家で過ごそうかと思っているけど、何かあるの? 」
「毎年わたくしの館で年越しパーティをしていますの。よろしければライルさん達もお誘いしたいのですが、如何でしょうか? 」
う~ん、領主様の館でパーティか…… 楽しそうだけど、権力者達が集まるようなパーティだろ? 何だか場違いな気がするんだよな。
「そのパーティって、貴族達も集まるんだよね? 」
「えぇ、そうですわね。今年は例年より多く集りそうですわ」
「せっかくのお誘いだけど、遠慮させて貰おうかな。面倒事が起こりそうな気がしてさ。大人しく家で家族と新年を迎えるとするよ」
お貴族様方から絡まれる未来しか見えないな、そのパーティ。エルフの里にいた頃はエレミアの家族と新年を祝っていたっけ。今年はどうするかな? 母さん達を連れてエルフの里に行く訳には行かないし、エレミアだけをエルフの里に戻すのも違う気がする。なら、エドヒルとララノアをこっちに呼んで一緒に新年を迎えるのはどうだろう? 一応、提案だけはしてみるか。
「少し残念ですが、仕方ありませんわね。気が変わりましたら連絡してください。途中参加、途中退場も可能ですので」
「うん、ありがとう。そうなったら連絡するよ」
シャロットが二階へと上がって行くのを見送っていると、何時もの如く店の隅で寛いでいた薬屋のデイジーと服飾屋のリタが話し掛けてきた。どうやら一部始終を聞いていたようだ。
「ライルさん、断っちゃうですか? 領主様主催のパーティなんて私達には滅多にお目にかかれませんよ? 」
「そぉよぉ。それに街の重役達や商店街の代表達も参加するのに、南商店街の代表である貴方が顔を出さないでどうすんのよ。気が進まないのは分かるけど、顔だけでも出しておいた方が良いわよ。何も最後まで付き合わなくても直ぐに帰ってくればいいんだし、ね? 」
確かに、他の代表達が出席して俺だけ欠席では如何なものか。デイジーの言う通り、顔だけ出して直ぐに帰れば良いよな。
「言われてみればその通りだ。顔だけでも出す事にするよ」
夏の始まり頃にインファネースに来たから、もうすぐ半年になる。まだ半年、もっと長くこの街にいるような感じがする。インファネースに来てから本当に色々な事があった。そしてまだまだこれからも色んな事が起こりそうな予感がする。
この先どうなるかは誰も分からないけど、ベストは尽くさないとな。世界の為にとか規模が大き過ぎて俺にはよく分からない。身近な人達を守れたならそれで良いと思ってる。やっと帰れる場所を手に入れたんだ。もう手離したくないし、失いたくもない。
でも、その為に世界を救わなければならないなら救うしかない。何が正しくて何が間違いなのか、誰が正義で誰が悪なのか、そんなのはぶっちゃけどうでもいい。守りたいものを守る。ただそれだけだ。
カーミラ、お前がどれだけこの世界を憎んでいようが、俺から全てを奪って良い理由にはならない。俺はこの世界で生きると決めたんだから。