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カウンターをシャルルに任せ、俺はクレス達と二階の客室へと案内してカーミラの事を話す。だけど勇者クロトについては話せなかった。勇者に憧れ、目指しているクレスだからこそ言葉が詰まってしまって、伝える気にはなれなかったのだ。
「賢者様が? 信じられない話だが、君が言うんだから本当の事なんだろう。世界を救った者が今度は脅かす者になるとはね。僕も可能な限り協力したいけど、消えたオークキングも気になる」
「うむ、キングと呼ばれる魔物も複数出現している。文献や伝承に記されている通り、魔王出現の予兆に相違ない。となれば勇者もまた現れるという事」
確かに、レイシアが述べたように魔王と勇者は同時期に現れる。今期の勇者にも協力を取り付けられたのならば、カーミラに対抗出来る力が増えるというもの。しかしそれは最終手段として考えなければいけない。勇者の力を頼るということは、魔王の出現を待つということ。人類と魔物との全面戦争を始めるということと同じ。可能ならばキングを倒し、魔王出現を阻止したいところではある。その旨をクレス達に伝えると、当然とばかりに三人は頷いた。
「うん、ライル君のいう通り、勇者を待つということは魔王を待つことにもなる。魔王がキングの中から選ばれるというのなら、そのキングを倒してしまえばいい」
クレスはこのままキング討伐に力を入れるようだ。そんなクレスの様子にレイシアは軽く唸る。
「むぅ、今判明しているのは、オークキング、オーガキング、アンデッドキングの三体だ。内二体の行方は知れず、分かっているのは西のアスタリク帝国にいるというオーガキングだけ。どうするのだ? 我々もアスタリク帝国へと向かうか、それとも他の二体の行方を調べるか、どちらが最善なのだろうか? 」
悩む二人にリリィが口を開く。
「…… アスタリク帝国の武力は大陸一。私達が行かなくてもオーガキングを倒す戦力は十分にある。ならば私達は他のキングの捜索に専念した方が効率的」
三人のこれからの指針が決まろうとしている所悪いと思いながら、俺は彼等に水を差してしまう。
「あの…… 実はリリィに協力してもらいたい事があるんだけど」
カーミラの転移魔術を防げるような結界を作ろうとしているが、行き詰まっていて知恵を借りたいと伝えると、リリィはぼんやりと視線を宙に漂わせた。
「…… 確かに、転移魔術は厄介。転移を防ぐよりも、空間に干渉出来なくする結界にすればいいと思う」
「空間に? そんなことが可能なのか? 」
「…… 理論上は可能。だけど転移による空間の歪みを細かく観測する必要がある。アンネの協力が不可欠」
転移門による空間の歪みでは勝手が違うようで、参考にはならないらしい。
話し合いの末、リリィは結界魔術の開発を協力し、クレスとレイシアはオーガキングとアンデッドキングの情報を集める事に決まった。
クレス達にマナフォンを渡し、使用方法を説明しているとテオドアが部屋の壁を通り抜けて中に入ってきた。
「おう、こんなとこにいたのか。ちっと疲れたから魔力収納に入れてくれよ」
体が魔力でできているテオドアには、マナで満ちている魔力の空間というのは正に楽園と呼ぶに相応しいようで、その場にいるだけで活力が漲り、実家のような安心感に包まれるらしい。
レイスであるテオドアを見たクレス達三人は目を見張り、即座に席を立ち臨戦態勢を取る。
「まだ日が高いというのに何故レイスが!? 」
驚きで声を荒らげるレイシアに、テオドアは得意気な顔をして嗤う。
「クハハハ! 俺様をそこいらのレイスと一緒にしてもらっては困るぜ。日の光りなんぞ、元アンデッドキングの俺様にとっちゃ天敵ではなく、少し苦手なだけさ」
警戒している三人にテオドアを紹介し、出会ってからの経緯を説明したけど、レイシアは納得していないみたいだった。
「事情は理解した。しかし、この者は魔物でアンデッドだ。アンデッドというのは生者に対して深い憎しみを抱き、その命を奪うと聞く。神々の誓約を交わしているとはいえ、危険ではないのか? 」
「おいおい、騎士の嬢ちゃん。俺様達レイスをスケルトンやグールなんかと一緒にするんじゃねぇ。レイスにはちゃんと生前の記憶と意思があるんだからよ。ただ、怨みを持つ奴は少ないが悪人は多いかな」
危険な事には変わりないじゃないか。だけどアンデッドにも色々と種類があるようだ。せっかくだしアンデッドについてテオドアに聞いてみる。
「そうだな…… 有名所だと、スケルトン、グール、レイス、ヴァンパイアだな。これ等の総称がアンデッドと呼ばれている。アンデッドに共通しているのは、何れも人間が魔物化したものなんだぜ」
人間が魔物化だって!? いや、動物も高濃度の魔力に晒され続けると魔獣に変化してしまう事があるのに、人間はそうならないとは限らない。その可能性をすっかりと失念していた。
「人間や動物の骨が魔物化して動き出したのがスケルトンだ。頭蓋骨の中に魔核があってな、頭を動かす度にカラカラと音が鳴ってうるせぇんだよ。それとスケルトンには魂がないから意思もない。魔力で体を動かし、目についた生物を襲うだけの存在だ。命令には忠実だが機転も応用も利かない。グールは人間の死体が魔物化したもので、こいつらにも魂はない。体内で形成された魔核の魔力で動いてる。思考力は多少残ってはいるが、頭ん中が腐ってやがるからまともな思考は出来やしねぇ。スケルトンとグールは数が多いからアンデッドの代名詞みたいなっててな、アンデッドは生者を怨み襲い掛かる―― なんて話もこいつらが主な原因だな」
成る程、この世界では人間の死体なんかそんなに珍しいものでもないので、グールやスケルトンが発生しやすいのだろう。
「それじゃ、レイスは人間の魂が魔物化したものなのか? 」
「おう、相棒のご察し通り、人間の魂だけが魔物化して魔力の体を持ったものをレイスと呼んでいる。人間の魂自体にマナを取り込み魔力に変換する機能があるから魔核は必要ねぇ。そうして変換した魔力で体を維持してる。維持が出来なくなったレイスは、神の所へ召されるって訳さ。肉体のある奴には差ほど問題にはならない魔力切れだが、レイスにとっては死活問題になる。まぁ、元々死んでるんだけどな。グールはまともな思考は出来ねぇし、スケルトンなんかただ動いてるだけ。レイスになった奴等だって自由気ままに魔物生活を楽しんでる。ごく稀に生前の怨みを持ってる奴もいるが、そんなに多くはない。だからな、アンデッドだからといって生きてるもんに怨みなんか抱いてる奴はほとんどいやしねぇんだよ」
今まで知らなかったアンデッドの生態を聞かされた俺達は素直に感心したが、レイシアだけは悔しそうに顔を歪めていた。