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「おぉ! この饅頭というのは実に美味ですね。豆を煮込んで作った餡子に、この苦味の強いお茶がよく合います。それにとても柔らかい。歳のせいか、めっきり顎が弱くなり固いものが食べづらくなりましたが、これは食べやすいですよ」
お土産に持ってきた饅頭と緑茶が気に入ったようで、教皇様は上機嫌で召し上がっている。異世界の老人にも、饅頭と緑茶のセットは好評のようだ。醤油煎餅も作ったけど、出さなくて正解だったな。
「お気に召したようで何よりです」
「いやぁ、甘味は体に良くないと言われ、久しく口にしていなかったものですからつい…… これは多少砂糖は使われていますが、殆どは豆の甘さなのでしょう? なら、従来の甘味よりも体に悪くはないのでは? 」
「確かに、餡子は健康に良いと言われていましたね」
それを聞いて我が意を得たりと、教皇様は笑みを深くした。聖教国はお歳の召した人が多そうだから、餡子を使用したお菓子が売れそうだな。前世でも健康食品として売られていたし、此方でも健康に良いと銘打って売り出せば上手くいくかも。
いやいや、今はそんな事を考えてる場合ではない。もっと詳しく話を聞かないと。
「あの、それで原初の罪というのは? 」
「あぁ、これは失礼致しました。年甲斐もなく少しはしゃいでしまいましたね」
居住まいを正し、それまで緩んでいた顔を引き締めて、コホンとひとつ咳払いをした教皇様は語りだす。
「ライル君の知っての通り、最初の世界は変化というものがありませんでした。なので悲しみもなければ大きな喜びもない。感情の起伏が乏しい者達しかいなかったのです。それに加えて人々も皆似たような姿をしていました。話によりますと神を模した姿をしていたそうです。個性もなく、同じ力を使え、死ぬこともない。そんな世界の有り様に異議を唱えた者がいました。その者曰く、そんなものは生きているとは言えない。限られた時間の中で、変化のある生活こそが生きるという事なのだと、声高に主張したのだそうです」
うん? 何でそいつはそんな考えに至る事が出来たんだ? 周りが同じ生活をしていたのなら、そんな疑問は生じないと思うんだけどな。
「それはおかしくないですか? 何でその方はそう思ったんでしょうか? 皆同じなら疑問にも思わないかと」
「恐らく、その者は記憶持ちだったのではないかと思われます。当時の世界が出来た時、様々な世界から魂を集めたのです。転生するときは魂は浄化され記憶も失われます。しかし、当初神は世界の創造から魂の管理まで全てお一人で行われておりました。そのせいで浄化を見過ごされた魂があったかと。初めの内は楽園のような世界を満喫していましたが、徐々に己の価値観と合わなくなり、意を唱え出したのだと私はそう考えております」
う~ん、確かに便利な力も使えて、寿命もない世界ってのは初めの内は良いかも知れない。だけど何の変化も無しにそれが何百、何千年も続けば次第に苦痛になってくるのかも。退屈な世界に堪えられなかったんだな。
「そして変化を求めたその者は初めに個性を求めました。その世界に住まう者達は神の奇跡が使える。それは魔法だけでなく、魔力で万物を操る事が出来たのです。そう、ライル君。貴方の “魔力支配” と同じ力です。その力を使い、自分の姿を変えて、周りの者達にも奨めてきました。他人とは違う、自分だけのものという満足感と優越感を覚えた者達は、瞬く間にその者の考えの虜になっていったのです。一度知ってしまった優越感は忘れることは不可能。それ以上のものを求めてしまいます。まるで麻薬のように、じわじわと心に染み込んでいき止まれなくなる。そしてついに、神そのものに疑問を持つようになり、世界の勢力が二分されてしまったのです。神を肯定する者達と、否定する者達との争いの始まりでした」
戦争の始まりということか。たった一人の価値観の違いが、湖に落とした小石のように、小さな波紋が広がり大きな波紋になった。
「死ぬことの出来ない者達の争いはどの様に決着をつけるのですか? 」
「それは悲惨なものだったそうですよ。どんなに傷つけられたとしても、首を落とされたとしても、死ねないのですから。否定派の者達は肯定派の者を捕らえ、拷問をしたそうです。そして、自分達が如何に正しいかを聞かせ、強要するのです。拒み続ける限り拷問は終わりません。何十、何百と繰り返される終わりの見えない苦痛が続く。その苦しみと絶望は、私には想像も出来ません」
自分達の味方に引き込む為に、強引に考えを変えさせる。度重なる拷問に心をすり減らした所で、救いの道を指し示す。まるで洗脳だな。
「長き争いの末、肯定派に軍配が上りました。そして神は彼等の願いと罰を同時に与えたのです。争いで荒廃した世界を作り直し、変化を欲した者達の為に新しい世界を作りました。こうして神に反旗を翻した者達は新しい世界で人間や魔物、他の生物に形を変え、限りある命の中で、奪い奪われる生活を与えられたのです。それだけではなく、罪を犯した魂はこの世界の中で転生を繰り返す。決して他の世界への転生は許可されていません」
それじゃあ、人間も魔物も、元は同じ世界に住んでいた者達なのか。死んでもこの世界で人間か魔物に生まれ変わり殺し合う。出る事の叶わない魂の牢獄。成る程、自業自得感は否めないが、カーミラの言った通りだな。