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「何か身分を証明できるものはありますか? 」
門兵にそう聞かれたので、商工ギルドのギルドカードを見せて被っていたフードを脱ぐ。
門兵達は俺とエレミアの顔を見て少し驚いているみたいだ。いや、視線はエレミアに向いている。エルフが珍しいのかな?
「お名前をお伺いしてもよろしいですか? 」
「ライルと言います」
「エレミアよ」
名前を聞いた門兵達は何やら話し合い、その内の一人が何処かへ走り去る。
「ここへは観光で? それとも参拝ですか? 」
「いえ、知人を訪ねて来ました。カルネラ司教様はまだ聖都にいらっしゃるのでしょうか? 」
「そうでしたか。申し訳ありませんが自分達ではお答えできません。今、上の者を呼んでいますので、此方で少々お待ち頂けませんか? 」
何故か門兵達の休憩室のような部屋に通され、待たされる事になった。
「あの、何で俺達はここで待たされているんですか? 」
紅茶を運んできた門兵に尋ねると、快く答えてくれた。
「それはですね。貴方達の事は上から通達されているんですよ。エルフの女性を連れた、ライルという方目の男性が訪れたのなら報告するようにと」
もしかしてカルネラ司教が伝えていたのか? 何にせよ手っ取り早くて助かる。紅茶を頂きながら暫く待っていると、一人の男性が部屋に入ってきた。肩口まで伸びた髪を後ろで束ね、優しそうな顔付きをしている。
「お久しぶりですライルさん。ゴブリンの討伐以来ですね。遠い所、態々お越しいただきお疲れ様です」
うん? 誰だこの人? 俺を知っているようだけど思い出せない。ゴブリンの討伐以来と言っていたな。
「あれ? もしかしてお忘れですか? ほら、ゴブリン討伐の為にカルネラ司教と一緒にインファネースに来ていましたよ」
「…… !? あぁっ! 常に司教様の隣にいた神官ですね? 」
そうだ、思い出した。カルネラ司教の身の回りの世話などをしていた神官だ。そういえば自己紹介らしき事はお互いにしていなかったな。
「はは…… これでも一応助祭をさせて頂いております。思い出して貰えて良かったですよ。私はエイブルと言います。以後お見知りおきを。さ、カルネラ司教がお待ちですので、ご案内致します」
エイブル助祭に御者をして貰い、聖都の中を進む。もうすっかりと日が落ちてしまっていて街並がよく見えない。
第一印象は静かな街だと思った。夜だからなのか、人通りが少なく閑静としている。
「静かな街でしょ? 夜に出歩く者は少ないんですよ。でも、日が昇ればここら辺も賑やかになります」
「どうして夜に外を出る人が少ないのですか? 」
「夜は闇を司る神の領分なのです。闇の神は気分屋でしてね、目についた人間に厄介な悪戯を仕掛けてくると言われています。だから夜に出歩くのを控え、眠る時でさえ少量の明かりをを灯し、光の神の領分を少しでも増やして眠ります。光の神はとても生真面目なので、闇の神による悪戯を決して許しません。こうして私達は夜も安全に眠れるのです」
へぇ、其々の神にも性格があって、お互いに牽制しあっているってことか? 戒律というより迷信に近いな。
「ここから先が教会の者達が住まう区域となっています。外から来た人達は基本中へは入れません」
聖都の中でも真っ白い塀が建てられ、外から来た人と教会の者が暮らす区域を分けているようだ。都市の中心に近付くにつれて、階級の上の者が住んでいるという。
「そして、教皇と五名の司教枢機卿は中央にあるあの大聖堂に住んでおります。司祭枢機卿と助祭枢機卿はその周りに居を構えていたり、各国の首都で務めを果たしております」
エイブル助祭の目線の先を辿るまでもなく、都市の中央には薄明かりに照らされた、見上げる程に大きな建物があった。夜の暗さで全貌は確認出来ないが、シルエットだけでも立派な大聖堂だと窺える。
「着きましたよ、ここがカルネラ司祭の邸宅です」
馬車が止まり降りた先には、お世辞にも邸宅とは言えないような家が一軒建っている。これか司祭の家なのか? こう言っては何だが――
「―― 質素、ですよね? 言いたい事は分かりますよ。しかし贅沢は人間を駄目にしてしまう。生活ができるのならそれでいい。各々の立場を考慮して威厳を示す為に少し大きめの家にしていますが、本当なら屋根と壁があるだけで十分だとカルネラ司教は仰っておられました。神々には豪華絢爛に、その下につく我々は目立たず、厳かに頭を下げる。決して神々を祀るものよりも豪華になってはいけない。我々は赦しを乞う立場なのだから。これが、私達の数ある教義のひとつなのです」
随分と殊勝な教義だな。自分達は神に選ばれた者で、神の代弁者であるとか。我々の教えに従わない者は地獄に落ちるだろうとかじゃないんだな。赦しを乞う立場―― か、それはカルネラ司教が言っていた、この世界の人間の罪というやつなのだろうか?
赦しを乞う立場、人間の罪、カーミラが牢獄と呼んだ世界。関係がないとは思えない。ギルは後で話すと言っていたけど、忙しかったのもあって、話を聞くタイミングを逃してしまった。
この聖教国で全てが明らかになる、そんな気がする。聞きたいような、聞きたくないような、複雑な気分だよ。