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遅い…… まるで亀の歩みのように列は進む。この調子じゃ夜になってしまうんじゃないか? 国境を抜けるのは簡単だが、都市に入るのは厳しいようだ。今も俺達の横を通りすぎていく馬車がいる。おそらく都市に入れさせて貰えなかった者達なのだろう。
「かなり厳しく審査をしているみたいね。ここまで来て入れて貰えなかったどうする? 」
「せっかく来たのに、それは困るな。でも大丈夫だと思うよ。カルネラ司教様も言っていただろ? 無下にはしないだろうってさ」
「それが本当なら良いんだけどね」
おいおい、不安になるような事を言わないでくれよ。今はカルネラ司教を信じるしか無いんだからさ。頼みますよ、司教様。もう聖都にいなくても、ちゃんと他の人等にも俺の事を伝えていますよね?
『ムウナ、今度は勝手に出てくるような事は控えてくれよな。アルラウネ達も、聖都の中で魔物が出現なんかしたら大混乱だからね』
『だいじょぶ、しんぱい、むよう』
『ワタシタチモ、ニンゲンタチノナカデ、デテイクマネハシナイ』
いや、心配だからこうして言っている訳であってだね…… アルラウネ達はしっしかりしていて大丈夫そうだから、ムウナを抑えておくように頼んでおこうかな?
『しっかし、全然進まないねぇ~、あっちの門の方が早いよ? 彼処に並べば? 』
確かにアンネが言うように、向こうの門に並んでいる列は進みが速い。
『残念、あっちの門は貴族専用だから、貴族ではない俺達は並んでも通してくれないよ。大人しく一般の門から入るしかないね』
『えぇ~、早く入りたいのに~、こんなんじゃ夜になっちゃう。それまで何してりゃ良いのよ? 』
ブーブー文句を垂れているアンネは、何故かデザートワインを要求してきた。美味しいお酒で時間を潰すと言うけど、初めからそれが目的だったか。数が少ないから一本だけと念を押してから渡すと、『何よ、けちんぼ~』 と不満を露にした。作るの大変なんだから我慢してくれよ。
『アンネ! ひまなら、おどろう! また、おとならして! 』
『おっ!! それも良いね! それじゃ音楽はこれがいいかな? ライルの前の世界で有名な曲なんだって! 』
アンネは音の精霊を駆使して、前世で有名だったテクノポップの曲を鳴らす。凄いな、一度聴いただけでここまで再現出来るなんて。
魔力念話は意思伝達だけでなく、イメージや記憶を映像として相手に送る事も可能だ。俺の朧気な記憶でも、漠然としたイメージを元にアンネは見事に記憶に残っていた前世の音楽を再現して見せた。
興味のあることには、自分の力を遺憾なく発揮する。その興味が全部遊びに関するものじゃなければ尊敬できるのにな。
昼になってもまだ門には着かない。あれからも何度か追い返されている人達がいた。端から見たらごく普通の馬車と人達なのに、一体どういった基準で決めてるんだ? 厳し過ぎる気がするな。
昼食にはエレミアにおにぎりを握って貰った。具は鮭と昆布、他のおかずに玉子焼きと野菜の浅漬けを食べながら後ろを確認すると、まだ列が続いている。今日中に都市へ入れなかったらどうするのだろうか? そんな心配をしてたら、幌もついていない簡素な馬車に乗った商人風の男が話し掛けてきた。
「旦那、どうです? 何か買っていきやせんか? 」
「ん? 何があるんですか? 」
「へへ、そりゃ色々と。各種調味料に北方で作られている唐辛子、それとマジックテントとマジックバッグもありますぜ。インファネースから仕入れた本場もんですよ。後は洗浄の魔道具ってのも便利ですぜ。残りは、干し肉と堅パンぐらいですかね」
ん~、殆ど持ってるものばかりだな。でも話は聞きたいから何か買うか。
「それじゃ、唐辛子を幾つかお願いします。それと少しお話を伺ってもよろしいですか? 」
「へい! まいどどうも。話ですかい? 長くならなけりゃ良いですぜ」
俺は、商人の男にどうしてここで商売をしているのか、今日中に都市に入れなかった人達はどうするのかを尋ねた。
「へへ、それはですね。聖都への審査は厳しく時間が掛かるんでさぁ。それで待ち惚けを食らっている人等が多い。加えて色んな国からやって来ているので、珍しい商品なんかも持って来ている。商売をするには都合がいい訳ですよ。日が落ちると門が閉まり、ここら一帯は野宿する人で溢れかえっちまう。だからマジックテントや洗浄の魔道具は売れ行きが良いんですぜ。初めて来る連中は、ここまで待たされるとは知らない場合が多いですからね」
成る程、それでそのラインナップなのか。
「野宿するんですか? 危険なのでは? 」
「勿論、危険でさぁ。だけど普通は護衛を雇っているから一晩くらいは問題ありやせんぜ。旦那みたいに護衛を雇わなくても、周りにいる他に雇われた護衛達を宛にする方法を取る人達もいやすね」
今日中に入れなかった人達はこの周辺で野宿をするらしい。護衛がいるから問題なく過ごせる訳か。そんな事情を利用して商売をする人が結構いるようだな。商魂逞しいというか何というか…… まぁそれで商売が成り立っているんだから凄いよな、よく考えたものだ。
この後も少しずつ進み、日の入り間近にやっと門に着いた。ギリギリ日が落ちる前に着いて良かった。これで野宿しなくて済むな。