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ジパングから戻って一月足らずで、今度はサンクラッド聖教国に行こうとしている。最近店を留守にする事が多くなってきたな。それに、もうすぐでシャルルとキッカを雇い始めて半年になる。
俺が店を長く留守にしている間、一生懸命頑張っていたと母さんから聞いている。此方は契約期間が過ぎたら、奴隷商を通さずに従業員として直接雇いたい気持ちは今も変わらない。後は二人の気持ち次第だな。聖教国から帰ってきたら、一度その事について話してみよう。
「お前さんも最近忙しいのぉ、今度は聖教国か」
「大丈夫なのかな? 噂では入国審査が厳しいらしいよ。無事に入れると良いんだけど」
「心配いらん、ライルなら問題はないじゃろうて。それよりもこの米酒をもっとくれ。お前さんが暫くいなくなるんじゃから、その間酒も買えんからの。今のうちに買いだめじゃ」
何時もの如く、俺の店で休憩する鍛冶屋のガンテを、師匠であるドワーフのドルムが連れ戻しに来ていた。ジパングから仕入れた米酒は好評だ、特にドワーフ達に。
後はクッキーのほかに甘いものを増やそうと、一口サイズのミニあんパンを販売した。パンは近くのパン屋に発注して焼いて貰い、餡はジパングから仕入れた小豆を使用している。こし餡とつぶ餡の二種類を用意した。この二つは好みが別れるからね。俺は両方好きだけど。一口サイズにしたのは女性受けを狙っての事だ。
アンネはこし餡派、エレミアはつぶ餡派のようだ。アンネの体の大きさでは、つぶ餡は食べづらいらしい。今はそんなに売れてはいないが、小豆の優しい甘さが女性達をじわじわと虜にしていき、徐々にミニあんパンの売り上げが上がっていっている。
また、ジパングで仕入れた米の種籾は問題なく育ち、立派な苗になっていた。この調子ならあと二週間程で田植えが出来るな。野菜畑も広くしたし、大麦も育てようと画策している。でも、そうすると俺一人では管理に手間が掛かってしまう。
自分の魔力で操っているから、そんなに大変な作業ではないのだが、最近忙しくて時間が足りないのだ。アンネとギルは農業なんてしたことないだろうし、ムウナは論外。エレミアもずっと畑の面倒を見てもらう訳にもいかない。農業が出来て魔力収納にずっといても問題ない人なんていないものかね? まぁそれも追い追い考えていこう。
他にやり残した事はないかな? 何かあればマナフォンで連絡するように言ってある、シャロット達に挨拶も済ませた。良し、サンクラッド聖教国へ出発だ。
魔力収納から馬車と馬のルーサを出して、俺とエレミアで御者台へ乗り込む。すると、向こうからこっちへくる人影が見えた。
「おう、また何処かへお出掛けか? 冒険者より冒険してんじゃねぇか? 」
今日は休みなのかラフな格好をしたガストールが話し掛けてくる。鎧がないと完全に街のチンピラだな。
「はい、これからサンクラッド聖教国へ行くんです。ガストールさんは今日はお休みで? 」
「おうよ。オーク討伐の金がまだ残ってるんでな、のんびりさせてもらってるぜ。米酒を買いに来たんだが、まだあるか? 」
酒を飲んで過ごす休日か、良いね。
「確かまだ純米酒と焼酎が残ってる筈ですよ。大吟醸はドルムさんが買い占めて行きました」
「ったく、ドワーフは大酒飲みだからな。仕方ねぇ、今日は焼酎にするか」
流石のガストールもドワーフには強く出られないようだ。顔を顰て毛のない頭を掻く。
「暇なら一緒に聖教国へ行きますか? 」
「はぁ? 冗談じゃねぇよ。彼処は俺の肌には合わねぇ。護衛が必要なら他を当たるんだな」
言われてみれば、ガストールと宗教の総本山とは合いそうにないな。洞窟とか似合いそうだ。山賊みたいで。
ガストールと別れ、西門を抜ける。お馴染みの草原をルーサは気持ち良さそうに馬車を引き走る。
「私達だけで旅をするのは久しぶりね。懐かしいわ…… あの頃は外の事なんて何も知らなかった。まだ一年も経っていたいのに、色々な事があったわね」
海を横目にエレミアはしみじみと浸っていた。
「そうだね。エルフの里から出て約七ヶ月、言葉にすれば呆気ない時間だけど、濃すぎる七ヶ月だった。そしてこれからも、大変な事が起こるんだろうな」
まだ起きてもいない事に憂いても仕方がない。これから先どうなるかは神のみぞ知るって奴だな。
『ライル! ばしゃのなか、みて、いい? 』
『ん? 別に構わないよ』
魔力収納から出たムウナは何が珍しいのか、うきうきとした様子で馬車の中へ入っていった。
『アンネ、ムウナ一人だと少し心配だからお願いしても良いかな? 』
『あいよ! まっかせて! 』
何を仕出かすか分からないからね。まだまだ一人にはしておけない。ムウナとアンネが居なくなった魔力収納では、ギルが「久方振りに落ち着いて眠れる」 と、寝床で丸くなっていた。まだムウナに対する苦手意識があるみたいだ。無理もない、かなり手痛くやられていたからな。
エレミアと二人で御者台から景色を眺める。お互い何時も一緒にいるので話す事は少なく、馬車の進む音だけが聞こえてくる。
でも全く気不味い沈黙ではない。何て言うか、自然体な感じ。無理に会話を振らなくても良い、気付いたら隣にいることが当たり前になったいた。
何だろうな、この気持ちは? 恋愛感情とは少し違う気がする。付き合うとか、恋人とか一気にすっ飛ばして最早家族だと思ってる。
エレミアの方はどうなんだろ? やっぱり手の掛かる弟だと思ってるのかな?
空を優雅に流れる雲を見上げながら、ふとそんな事を考える。馬車移動って暇だからね。普段考えないような事を考えてしまうな。