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旅館の部屋に戻ると、温泉から帰ってきたギル達が寛いでいた。
「む? 戻ったか。もうすぐ食事の用意が出来るそうだぞ」
「ただいま。温泉はどうだった? 」
ギルは満足そうに頷く。
「実に良い湯であった。やはりただの湯とは違うな」
お気に召したようで良かったよ。ムウナには、多分聞いても無駄だろう、あの顔はご飯の事しか考えてないな。
「よ~し! わたしも温泉に入ろっかな! エレミアも一緒に行くよ! 」
「はい、お供します。アンネ様」
元気良くエレミアを連れ出すアンネ。何時もの調子が戻ってきたね。やっぱりアンネは騒がしいくらいが調度良い。
「フン、どうやら調子が戻ってきたようだ。変な所で小心者だからな、あの羽虫は」
「ギルさんも、心配してましたからね。元気が戻って何よりです」
「誰があんな羽虫なぞ心配するか。あやつが静かだと調子が狂うのだ」
あぁ、その気持ちは分かるよ。普段騒がしいのが急に大人しくなると不安になっちゃうよね。さて、夕飯までまだ時間があるみたいだし、俺もちょっくら温泉に入ってくかな?
温泉に入った後、夕飯を頂き、俺とエレミアが泊まる部屋で酒を飲みながら今後の相談をする。
「アンネ、カーミラが何をしようとしてるか心当たりはある? 」
「さぁ? 見当もつかないね。昔っから何考えてんだか分かんない奴だったよ」
果物を肴に蜂蜜酒を飲むアンナは首を傾げていた。
「それよりも、あの隷属魔術は厄介だ。どう対処する? 」
お猪口では量が足りないと、グラスで芋焼酎を飲むギルが眉を寄せて唸る。
「それについては俺に考えがあるんだけど…… エレミアにかけられた隷属魔術を解除しようとした時、その術式を守る術式が施されていたんだ。それを利用して魂自体を外部から干渉されないよう守る術式に改良出来ないかな? 」
「そんな術式は聞いたこともない。恐らくあやつが独自に開発したのだろう。どうにも癪だが、贅沢は言っていられないからな。致し方ない」
俺が見た術式を魔力念話でギルに伝えて、改良して貰う。この術式を母さん達や親しい人達に掛けて置けば一先ずは大丈夫だろう。だけど安心は出来ない。向こうは賢者とまで呼ばれていた人物で、そこから五百年も魔術の研究をしてきた魔術のスペシャリストだ。どんな手を使ってくるか分からない。
それに転移魔術、あれは相当厄介だ。捕らえるのも難しいし、いつどこに出没するか予想が出来ない。これも何か対策を練らないと。カーミラの言う魂を救済するとはどういう事なのか? その方法は? 新しい世界とは? 分からない事が多すぎる。しかし焦ってはいけない、取り合えず出来ることから始めよう。
「あいつはライルに執着しているように見える。私のように、ライルの周りにいる人達を利用してくるかも知れないわ」
純米酒を一口飲んだエレミアは、あの時を思い出しているのか苦い顔をしていた。
確かにその可能性は否定出来ない。これからはこまめに魔力支配で確認するしかないな。直ぐに見分けられる様な魔道具でも作れれば良いんだけど、そんな都合よくはいかないか。
はぁ、一気に不安要素が増えたな。まぁこういう世界だし、のんびりライフは諦めよう。こうなりゃトコトンやりきるしかない。前世で散々逃げて来たんだ。その分、今世では立ち向かわないと採算が合わないよな。
「そうだ、カーミラがこの世界を “牢獄” と呼んでいたのは何故なんだ? 神が管理しているという意味からそう呼んでいるだけなのかな? 何か気になってさ」
「…… ライルよ、その話はまた今度にしよう。ここでは少し都合が良くないのでな」
チラリとテオドールを覗き見たギルが、ばつが悪そうに言った。おや? まだ何かあるようだ。カーミラが言う救済と関係があるのかも知れない。後でじっくりと聞かせて貰おう。
エルフ、人魚、ドワーフにもこの事を伝えて注意して貰わなければ、何せ相手は世界を壊そうなんて企む奴だからな。俺達だけでは対処は厳しいだろう。出来るだけ多くの協力者が必要だ。俺は決意を新たに大吟醸を煽る。
翌日、旅館のチェックアウトを済ませた俺達は馬屋で馬車とルーサを引き取り、温泉町を後にした。
「スズキさん、お世話になりました。お陰様で随分と助かりましたよ。ありがとうございました。これからもちょくちょく訪ねると思いますので、その時はまたよろしくお願いします」
「いえ、此方こそありがとうございました。最後は大変な目にあいましたが、楽しかったです。また大陸に行きましたなら、是非お店に立ち寄らせて下さい」
港町に着いた俺とテオドールは別れの挨拶をしていた。
「しかし、ライルさんの言っていた移動方とは妖精の精霊魔法の事だったんですね。正に伝承の通り、羨ましいです。それでは私はこれで失礼します」
テオドールと別れ、人目につかないようアンネの精霊魔法でインファネースの裏通りに戻る。転移門を設置したい所だけど、町中では否応でも目立ってしまう。それに大陸と何時でも行来ができる門を設置なんかしたら、またアズエルのような人等に何を言われるか分かったもんじゃないからな。暫くはアンネに頼るしかないか。
裏通りを抜け、南商店街を歩く。まだ六日程しか経ってないけど、懐かしく、帰ってきたって感じがする。大丈夫、俺はちゃんとこの世界で生きている。そしてこれからも…… 俺は自分の店の扉の前で止まった。
この扉の先に、帰りを待ってくれている人達がいる。
気心の知れた人達がいる。
守りたいと思える人達がいる。
それがどんなに幸せで、どんなにうれしい事か、前世の俺では想像も出来なかっただろうな。
「……? ライル、入らないの? 」
『どうせクラリスにジパングで起こった事を伝えるのを躊躇してんでしょ? また心配されちゃうからね』
うるさいアンネ、全くその通りだよ。はぁ…… また母さんの白髪が増えそうだ。申し訳ない。本格的に髪に良いシャンプーとトリートメントの開発を考えよう。