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高台のような場所に日本式のお墓がひとつ。後ろを向けば同じ形のお墓が並んでいる。どうやらここは墓地のようだ。その先にお寺と思われる家屋もあり、更にその向こうには城が見える。勿論、西洋ではなく日本風の城だ。
「ここはね。四つの島の中央に位置する人工的に作った島なんだよ。あの城に王とその家族が住み、死者を弔う場所としても利用してるの。そしてこれがクロトが生前に作った自分のお墓」
まるで守るかのように、四つの島に囲まれた城と墓地。王を守る為なのは当然の事、死者を尊ぶ心は日本的と言える。
「…… ねぇ、ライルはさ、この国を見てどう思った? やっぱり懐かしい? 」
アンネにそう尋ねられ暫し考える。確かに懐かしいとは思ったが、何処か違和感を覚えていた。例えて言うなら、異国で日本の街を見た目だけで再現したような、そんな感じ。
「そうだね、懐かしいと言えば懐かしいけど、なんか違うんだよな。この国はさ、たった一人の人間が想像した日本の姿なんだよ。多分、クロトが過ごしてきたり、間接的に見た日本の風景だと思う。俺にとって日本を感じられる風景ってのは、実家なんだよね。同じ日本でも、個人によって大分印象が違うからさ。細かな所一つ一つは懐かしい。でも、全体的に見れば違和感が半端ないかな」
結局はクロト一人がイメージした日本にすぎない。同じ日本人が見たら、一人で良くここまで再現できたねと生暖かい目で見られるレベルだと思う。
「そっか…… クロトはね、あまりこの世界が好きじゃ無かったんだと思う。わたしと出会ってからずっと、日本の事を聞かされてきたから。事あるごとに日本は平和だった、便利だったと、この世界と比べていた。確かに、ここと比べれば良い世界なのは分かるけど、何だか悔しくてね。この世界にも楽しい事があるって教えたかった。でも、最期まで何も伝えられなかったな。自分の故郷は日本だと言っていたよ。きっと、戻りたかったんだろうね。クロトの故郷に戻りたいという想いが、この国を造ったんだと思うの」
前世の記憶があるなら、それと比べてしまうのは仕方ないかも知れない。しかしこの世界で生まれ、守っているアンネにとっては面白くなかったのだろう。
「勇者に選ばれてしまってから、クロトはもっとこの世界を嫌いになっていった。ライル…… 勇者はね、なろうとしてなるものじゃないんだよ。属性神達から選ばれるものなの。クロトは望んでもいないのに勇者に選ばれ、魔王と戦う事を強制されてしまった。ねぇ…… 増えすぎた人間達をどうやって減らすか知ってる? 前にも同じ様な事を話したよね? 覚えてるかな? 」
「えっと…… 魔王は神達が生み出しているって聞いたかな」
「うん、そう…… 勇者も魔王も、属性神達が選んでいるの。人間の数が魔物より圧倒的に増えてしまった場合、魔物の中から魔王が誕生する。その逆に魔物の数が人間より多くなった場合は、人間達の中から勇者が先に誕生するの。どちらかが先に誕生した場合の救済処置として、対になる魔王や勇者が後から選ばれる仕組みになっているのよ。そうやってこの世界は古くから魔物と人間が殺し合い、均衡を保っているの。それを管理、又は支援するのが私達の役目。だから私達妖精や龍は、どっちの味方にはならない。なってはいけない」
まぁ、予想はしていたけど、こうして聞かされると何とも言えない気分になるね。所謂、神達のマッチポンプって訳だろ? そんなの知ったら、そりゃガッカリもするよ。いいように利用されているだけなんだから。でも人間達を見殺しになんて出来ないし、神の思い通りに動くしかないんだよな。そんなものに選ばれてしまったクロトは、一体どんな思いだったんだろうか? カーミラの言うように、世界に、神に、失望してしまったのか?
「クロトが全てを知ったのは魔王を倒した後だった。あの時のクロトの様子は今も忘れない。その時からクロトは、この世界に期待するのをやめたんだと思う。魔王を倒した後も勇者として与えられた力は消えない。その力で、クロトは奴隷達を解放して回り、各国に圧力をかけて奴隷制度の見直しと管理を徹底させた。そして大陸を見限ったかのように離れ、新しく発見した島で国を造った。それがこのジパングよ」
きっと、勇者でいることも、呼ばれることも、何もかもが嫌になってしまったのだろう。そして助けた元奴隷達と一緒に大陸を捨てた。いや、もしかしたら奴隷達は助けたのではなくて労働力として連れていった可能性があるな。いくら勇者でも一人では国は造れないからね。
「最期は寿命で家族に看取られながら世界を去って逝ったよ。その死に顔は今までで一番穏やかなものだった。皆は満足して逝ったと思っていたけど、わたしには、やっとこの世界から解放されると安心していたように思えたわ。クロトは戦いたくなかった。勇者になんてなりたくなかった。この世界に生まれたくなかった。カーミラが言っていたように、クロトは世界を、神を、わたしを…… 憎んでいたのかな? ライルもこんな世界は嫌? 前の世界に、日本に戻りたい? 」
答えに困る質問だな。俺から言わせりゃ、日本もこの世界も一長一短だからね。
「う~ん…… 日本での俺はさ、ある意味死人だったよ。夢もなく、希望は抱かず、現状を維持するだけの人生。いや、人生とも呼べないような日常だったかな。親に散々迷惑を掛けた末に、先に死んだ親不孝者のろくでなし。それが俺さ。そんな暮らしと比べれば、今は生きてるって感じがする。俺一人だったなら、そうは思わなかっただろうね。確かに、この世界の神は理不尽だと思う。けど、形は違うが日本だって理不尽だったよ。むしろ理不尽じゃない世界なんてあるのかな? 住む世界が変わっても変わらなくても、納得行かないことだらけだよ。それに日本での俺は死んだんだ。今はこの世界の住人だからさ、戻りたいとは思わない。両親には申し訳ないとは思うけど、もう終わった事だからね。この世界に大切な人達も出来たし、それなりに楽しく過ごさせてもらっているよ。だから、俺は嫌いじゃないかな。きっとクロトは日本に幻想を抱いていたんだ。思い出は美化されるって言うからね。それと前世の世界でも、神が世界を綺麗にする為に大洪水を起こして人間を大量虐殺したり、神々が戦争して世界が終わってしまったりと色々と酷い話があるし、日本の神様も結構自分勝手なものだよ。だからかな、神様ってそういうもんだと思ってる。俺はもうこの世界で生きるって決めたんだ。クロトが何を望み、カーミラが何を企んでいるかは知らないけど、俺の人生の邪魔はさせない。神に思うところが無い訳じゃないけど、それ以上に大事なものができたから」
そうだ、神が何をしてこようがそれは運命と同じでどうしようもない事。その中でどう生きるかが大切なんだ。気に入らなければ勝手に一人で出ていけば良い、それに俺達を捲き込まないでほしいね。
「あのね、ライル。わたし、ライルにこの国を見せたくなかったんだ。怖かったの…… もしかしたら、ライルもクロトのように前の世界に戻りたいと思うんじゃないかって」
「戻った所で今の俺じゃどうすれば良いのか分からないよ。姿は変わってるし、スキルとかいう特殊な力もある。上手くやっていける自信がないよ」
自嘲する俺を見て、アンネは何処か安心したように顔が綻ぶ。
「でも、カーミラが言ったように、わたしはこの世界を維持する為にライルを利用している事には変わりない。それでも…… それでも、良いの?」
「…… エルフの里でも言ったように、存分に利用してくれて構わない。流石に人間を減らすのには協力は出来ないけど、世界のマナ不足を解消するために俺達は行動しているんだろ? なら問題はないよ。クロトが本当に世界やアンネを憎んでいたのか、本当に日本に戻りたいと願っていたのかなんて、今となっては誰も分からない。クロトは死んだんだから…… でも俺は生きてる。だから今ハッキリとアンネに伝えるよ…… 俺はこの世界に生まれて良かったと思ってる。今度こそ自分の人生を歩む為の、二度目の機会を与えられたと感謝してる。アンネに出会えたことも、エレミアやエルフの里の皆、ギルにムウナ、ハニービィとクイーン、母さんにインファネースに住む人達。他にも沢山の出会いが俺の人生を豊かにしてくれた。ありがとう、アンネ…… 俺は君と出逢えて、本当に良かった。そしてこれからも、よろしくお願いします」
アンネの瞳からポロリと一粒の涙が流れたと思ったら、慌てた様子で後ろを向いた。
「もう…… もう! ライルはまだまだ危なっかしいからね! わたしがついてないとほんとダメダメだよ! だから…… だから、こちらこそよろしくね!! 」
此方を振り向いて笑顔でそう言うアンネの顔には、涙を拭った跡が分かりやすく残っていた。