17
「あっはははは!! 素晴らしい! 実に良いよ! あの何重にも施した保護術式をこの短時間で解除、いや、壊したんだからね! 君の力は想像以上だよ! 」
ギルから距離を置いて、上機嫌でパチパチと手を打ち鳴らし、レインは愉しそうに笑う。
「良く笑っていられるな? エレミアは返して貰った。もう勝ち目はないぞ」
相手は一人、対して此方はエレミアが戻り五人もいる。どう考えても圧倒的不利な状況は変わらない筈、だけど何であんなに余裕なんだ?
「確かに、普通に考えれば私が不利だね。でも、世の中何があるか分からない。それに、私の目的の半分はもう達成しているんだよ? このまま逃げてもなんら問題はない」
半分? どういう意味だ?
「馬鹿め、そうやすやすと逃げられると思っているのか? 」
ギルの言った通り、簡単に逃げられるとは考えにくい。
「おぉ、怖いねぇ。流石は厄災龍、その鋭い眼光を向けられるだけでゾクゾクが止まらないよ。世界の均衡を護る者は伊達じゃないね…… 全く、ヘドが出る。人間を侮るのもいい加減にしてくれないかしら? 貴方達から見たら人間なんてどうでも良いんだろうね。そうでしょ? アンネ。クロトの次はその子を利用するの? 五百年経っても貴女は何ひとつ変わらないのね」
途中からレインは憎しみの籠った目で此方を射抜いてくる。特にアンネに対するものは大きかった。レインとアンネは知り合いなのか? だとしたら二人の間に何が…… ?
「はぁ? あんたなんか知らないわよ! クロトの知り合い? 」
どうやらアンネはレインを知らないか覚えてないようだ。
「フフ、分からない? 妖精の目をもってしても、私の魂を視る事は出来ないからね。無理もないわ。じゃあ、これならどう? 」
そう言って眼鏡を外したレインの体が徐々に変化していく。ショートヘアだった髪は腰まで伸び、色は青から紫へ、身長も十センチ程高くなり、腰が括れ、服の上からも分かるほど胸が大きく膨らんだ。何の特徴も無いレインが、今ではセクシーなお姉さんへと変貌した姿を見たアンネは、何か気付いたのか突然大声を上げた。
「ああ!? あんたは、カーミラ! うそ、何でまだ生きてんの? 確かあんた人間だったよね? 」
「アンネの知り合い? 」
「あ、うん。カーミラって言ってね、五百年前に勇者と一緒に魔王を倒したり、奴隷を開放してこの国を造るのにも協力してたのよ。人間達からは賢者と言われてたっけ」
賢者? 何でそんな人がこんな事を? それに五百年前って。姿も変えていたし、本当に人間なのか?
「思い出してくれた? 久しぶりね、こうして会うのはクロトが死んだ以来かしら? 」
アンネは驚いているように固まっている。
「なぁ、勇者の仲間だったんだろ? 奴隷を開放していた貴女が隷属魔術なんか使って、一体何をするつもりなんだ? 」
カーミラはさっきとは一転して、憐れみとも同情とも取れる視線を俺へと送った。
「あぁ…… やっぱり何も聞かされてはいないのね。可哀想なライル。クロトの時もそうだったわ。こいつらはね、何も知らない人間を、肝心な事は黙ったまま世界の安定と称して道具のように扱うのよ」
「そんな!? 違う! 私達はそんな事なんかしない! 」
「いいや、違わない。貴女は知っていたはずよ、クロトの想いを…… なのに貴女は世界の仕組みを黙ったまま、クロトを利用したのよ! 魔王を倒し、全てを知ったクロトの怒りが、失望が…… 貴女に分かる? クロトがこの国を造った時、貴女は何も思わなかったの? いえ、クロトの想いを知っていたからこそ、貴女はクロトが死んだ後、姿を消したのよね? 」
アンネはずっと俯いたまま、両手を強く握りしめ、何も言い返さない。いつも元気なアンネのこんな姿を見て、俺の胸がズキリと傷む。
「まだ俺の質問に答えて貰っていない。結局何がしたいんだ? 」
「そうね、私の目的は “救済” よ。この牢獄のような世界から全ての魂を救うの! 神の支配から解き放つ。私はクロトの意思を継いだの。今の世界を壊して新たな世界へ…… これはクロトの願いでもあるわ」
は? 救済だって? 一体何から救うって言うんだ?
「無駄だ。たかが人間が彼の方に手を出す事は叶わん」
ギルが怒気の含んだ言葉をカーミラへ放つ。
「私、言ったわよね? 人間を侮るなって…… 確かに、私達では神には敵わない。だけどね、支配から逃れる事は出来るわ。もう下準備は済んでいる、あとは実行に移るだけ」
不敵に笑うカーミラに、言い様の無い不安を胸に抱く。
「何をするつもりかは知らんが、それは不可能だ」
「人間は何時だって不可能を可能にしてきたのよ。スキルに頼らず魔術を開発し、魔法という神の奇跡を人間の力で再現した。人間の可能性は無限大! 見なさい、この体を! 私は遂に寿命による死を克服したわ! 今の私の肉体は貴方達、龍や妖精と同じ。故に歳を取らず、ある程度なら魔力で姿を変えられる。そして魔術で魂を特別な魔力結晶に封印することによって、神の監視からも逃れる事に成功した。クロトの願いを成就するまで私は死なない! 」
カーミラは服をはだけると、自分の心臓部分に爪を立て、両手で抉じ開けた。ぱっくりと開いた左胸には、心臓の代わりに虹色に輝く拳大の魔力結晶が見える。
うげぇ、自分の胸を物理的に開くなんて痛くないのか? しかしカーミラが胸から手を離すと、たちまちにして傷は塞がっていく。この再生力の高さが老いの無い体の理由か。それに魔力結晶で自らの魂を護っているようだ。
「成る程、我等と同じと言う事は、龍か妖精を素材にして人工的に肉体を造り、そこに魂を封じた魔力結晶を心臓部に埋め込み、動力源にしている訳だな。さしずめ貴様の本体はその魔力結晶といったところか」
「ご名答。いくら厄災龍でも、この魔力結晶を破壊するのは難しいわよ。だから私を殺すことは貴方には出来ない」
「なら試してみるか? 」
ギルがカーミラに一歩近づき、大剣を構える。
「そうしたいのだけど、私も忙しい身でね。ここらで失礼させてもらうわ。大丈夫、私の代わりにこの子が貴方達の相手をしてくれるから」
カーミラと俺達の間に、大きな魔術陣が形成される。これは、もしかして……
「召喚魔術か!? 」
魔術陣から這い出して来たのは、巨大な体躯と額から一本の角を生やした全身灰色のひとつ目の怪物だった。
「これぞ私が造り上げた人工魔物―― ギガンテスよ! 」
マジかよ、なんつうもん呼び出してくれちゃってんの!?