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「いやぁ、ここも良かったですね。お次はどちらの温泉に入りましょうか? 」
俺とテオドールは、男湯の脱衣所で服を着ながら次の温泉は何処にするかと話していた。単純温泉から始り、塩辛いお湯の塩化物泉、美人の湯とも呼ばれている炭酸水素塩泉、入ると全身に泡が付着する二酸化炭素泉、朝から温泉三昧だ。ほんとに色んな温泉があるな。
「そろそろお昼時ですので、何か食べませんか? 」
「あぁ、もうそんな時間ですか。それでは何処か店にでも行きましょう」
エレミアと合流して、適当に目についた店に入る。まだ昼だけど風呂上がりといったらこれだろ。
俺は餃子と唐揚げ、飲み物にはビールを頼んだ。そう、“ビール” だ。この国はエールではなく、ホップを使ったビールを作っている。懐かしい苦味、のど越しの良さ…… これだよこれ、風呂上がりのキンキンに冷えたビール、昼から飲むお酒は格別に旨いね。
正にダメ人間みたいな思考に陥りつつビールを楽しんだ後、次はどの温泉に行こうかと町を歩いている時に、後ろから誰かに声を掛けられた。
「おい!! そこの大陸人! 貴様の連れているその女性を開放するんだ! 」
大陸人とは俺の事か? この町には俺の他にも大陸から来た人達がいるけど、俺もそうなので一応振り向いてみると、見た目青年の姿をしたエルフが此方を、というか俺を睨み付けていた。その周りには数人の人間と獣人がいる。たぶんあのエルフの仲間なのだろう。
俺の気のせいだと思いたくて辺りを見回すが、それらしい人物はいない。残念な事に彼が声を掛けた相手は俺のようだ。しかし、人違いという可能性もあるので、そのエルフの青年に問い掛けてみた。
「あの、人違いでは? 俺は貴方を知りませんし、開放しろというのも心当たりが有りませんが? 」
「惚けるなよ、薄汚い大陸人め。貴様がそのエルフの女性を奴隷にしているのは知っているんだ。もうすっかりと噂になっているからな。この国では法律で奴隷は禁止されている。しかも両目をくり抜き、隷属の魔道具を嵌め込み女性を縛るとは、なんて残酷な事を…… 」
おいおい…… どんな噂だよ、そんな事できる訳がないだろ。なんでそんな発想になるんだ! 想像力豊かだなおい。
「いえ、貴方は何か誤解をしてます。ただの噂を真に受けないで下さい。彼女は俺の奴隷ではありませんし、ましては目をくり抜くなんてしてませんよ。あれは確かに魔道具ですが、それはあくまで目の代わりであって、それ以上でも以下でもありません」
「フンッ、そんなの本人に聞けば分かるさ…… お嬢さん、本当の事を言ってくれ。こいつに無理矢理奴隷にされているんだろ? だけどもう安心だ。俺が君を助けてその目も直すと、神々と勇者クロトに誓おう。さぁ、此方に来るんだ」
エルフの青年は、エレミアに温和な笑みを向けている。だからさ、違うって言ってんのにな。でも、同じエルフであるエレミアから言ってくれればあの青年も話をきいてくれるだろう。
「貴方は何を言ってるの? 私は奴隷ではないし、自分の意思でライルと一緒にいるの。変な言い掛かりは止めてほしいわ」
「……そうか、隷属の魔道具でそう言えと強制されているんだね。やはり大陸人は碌な事をしない。その体だ、身の回りの世話をさせる為に奴隷にしたんだろ? 」
あ、駄目だこいつ。全然人の話を聞きゃあしない。周りの取り巻きも「なんて奴だ! 」とか醸したてるし、その騒ぎで周囲の人達が何事かと集まってくる。
「いい加減にして下さい! 彼等に失礼ですよ! 良く調べもせずに決めつけるのはどうかと思います」
テオドールが俺の擁護に回るが、エルフの青年はフッと鼻で嗤う。
「お前の事は知っているぞ、テオドール・スズキ。確かお前の母親は大陸人に手篭めにされて生まれた子供だったよな。まだ商人の真似事をしてたのか、お前も、お前の母も、大陸人の犠牲者だろ? どうしてそんな奴の肩を持つ? 」
「違う! 祖父と祖母はお互いに愛し合っていました。母は望まれて生まれて来たんです」
「なら尚更駄目じゃないか。自ら進んで大陸の人間に股を開いたんだからな。お前の祖母は売女で売国奴って事になる。卑しい血を引く者は卑しい奴と引かれ合うらしい。その子供も、孫のお前も同じだ。恥を知れ! 」
おいおい、何だってそこまで言われなくてはならないんだ? そもそもお前は何処の誰なんだよ。
「失礼ですが、貴方が何処の誰だろうと人の家族をどうこう言う資格は無いのではありませんか? 」
「黙れ、歪な大陸人。これはこの国に住む者たちの問題なのだ。文句があるのなら、彼女を開放して大陸に戻るんだな」
「ですから、エレミアは俺の奴隷ではないので開放するもなにもないんですってば」
分かんない奴だな。いい加減しつこいぞ、相手にするのも面倒になってきた。
「ライルさん、行きましょう。これ以上相手にするのも無駄のようです」
「逃げるのか? なら認めると言うのだな。貴様が彼女を奴隷にして、非人道的な行いをしていると。しかし逃がしはしない、力ずくでも彼女を渡して貰うぞ。同じエルフとして、同族は見捨てない! 」
取り巻きの人間と、獣人が俺達を取り囲む。まずいな、ここで騒ぎは起こしたくなかったんだけど。向こうがその気なら此方もそれなりの対処をさせて貰うしかない。
「ライル、この場合は仕方ないよね? 話しても通じないみたいよ」
「はぁ、そうだな。相手は武器を使うつもりはないみたいだし、こっちも剣の使用は無しで。それと、必要以上に相手を痛め付けるのも控えてくれよ」
「…… 善処するわ」
男達はニヤニヤと嗤いながら距離を詰めてくる。
「スズキさんは俺の傍を離れないようしてください」
「だ、大丈夫なんですか? 多勢に無勢、此方の勝ち目は薄いですよ」
まぁ大丈夫でしょ。見たところそんなに戦い慣れて無さそうだ。所詮は有象無象の集りだな。