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翌朝、朝風呂でスッキリした後、大広間で朝食を頂く。
「この後はどうしますか? お酒なら商業組合で仕入れた方が良いと思いますよ。個人商店ではそんなに量がありませんから」
「そうですね、そうしましょうか。組合というのは、大陸で言うギルドのようなものなのですか? 」
「はい。そのように捉えて頂けばよろしいかと。この国には商業組合、農業組合、漁業組合、狩人組合があります。ですが大陸のようにギルドカードというのはありません。その代わりに国民全員には国民証明書となるカードが作られます。仕組みはギルドカードと同じですけどね。そのカードがないと他の島には渡れないようになっているのです」
それじゃ、国民以外の人はこの第三島以外には渡れないということか?
「もうお気付きかと思いますが、大陸の人間は他の島へは行けません。各鉄橋には厳しい検問があり、国民以外を通さないようにしています。この第三島は商業が盛んな島で、様々な商業施設があります。なのでこの島で殆どの商品を仕入れられるようになっているのです」
謂わば第三島は観光地のようなものか。身分証も発行して徹底的に大陸の人間と分けている。今でも根強い差別意識があるようだ。
「これでも昔よりは良くなったんですよ。今の王はこの島以外にも、大陸の人が渡れるようにしようとしていますが、まだ反対意見の方が強くて実現には到ってはいません。もっと積極的に大陸の人と交流を図ろうとはしているのですが、上手くいっていないのが実状です。この国を想ってか、過激に自分達の意見を通そうとする人達がいましてね。王もあまり強く出られないのですよ」
あ~、所謂、過激派と呼ばれる連中だな。向こうも本当に国の為と思ってやっているから始末に終えない。自分達が絶対に正しいと疑わないのだ。周りの迷惑や犠牲は必要な事、それで目を覚ましてくれれば良いとさえ思っている節がある。まぁ、何処の誰とは言えないけどね。前世でも似たような人達がいたな。
俺は自分の事だけで手一杯だったから、そんなのを考える暇は無かったし、大して興味も無かった。総理大臣が替わって政策が変わったとしても、俺の暮らしにはそんなに変化は感じなかったからね。
自分の暮らしに満足はしてないけど、何とかしようという気力もない。ただ与えられた仕事をこなしていくだけの日々だった。こんな暮らしがしたくて家を出たんじゃないのに、何時しか変化を怖れて現状を維持する為に生きていた。
「そういう人達もいますので、十分に注意が必要です。では、食事が済みましたなら、一時間後に正面玄関で落ち合いましょう」
おっと、いけない。つい感傷に浸ってしまった。
「はい、分かりました。色々と面倒を見てもらってありがとうございます」
「私も好きでやってますから、気にしないで下さい。それと此処から馬車で一日程の所に、温泉町があるのですが、どうです? 一仕事終わりましたら、観光に訪れてみませんか? 」
「温泉ですか。良いですね~、それじゃさっさと用事を済ませる事にしましょう」
楽しみだな、温泉。最後に入ったのは何時だったか…… 子供の頃だったとは思うけど、ハッキリとは思い出せない。
朝食を終えた俺達は、準備を済ませてチェックアウトをしてからテオドールと合流し、商業組合へと向かった。
此処では主に仕入れや買い取り、不動産のような事もしているらしい。国の法律で決まっているので、俺みたいな余所者でも取引をしてくれる。
内装は商工ギルドと似ているような気がする。カウンターで用件を伝えて、担当者と一対一で取引を行うようだ。
「では、私は大陸から仕入れた商品を査定して貰いますので、また後でお会い致しましょう」
「はい、また後ほど」
テオドールは担当者と共に同じフロアにある大きなテーブルへと向かって行った。それを見送っていると、俺の担当者らしき男性がやって来た。
「お待たせ致しました。私がお客様の担当させて頂く、コバヤシと言います。本日は宜しくお願い致します」
…… 小林? もしかしてこの国の人達は皆そういう苗字なのか?
「ライルと言います。それと、横にいるのがエレミアです。此方こそ、宜しくお願い致します」
担当者のコバヤシはエレミアの顔を見て、ピクリと眉を動かした。ん? 何か気になる事でもあったのかな?
しかしコバヤシは何も言わずに、フロア奥の席へと案内する。
「米酒の仕入れとの事ですが、お求めの酒類はお決まりですか? そうでなければ、此方から幾つか紹介致しますが」
「そうですね、焼酎、純米酒、大吟醸に、みりんもありましたらお願いします」
俺の言葉にコバヤシは軽く目を見張った。
「失礼ですが、大陸の方ですよね? みりんをご存知とは、お詳しいのですね。焼酎は米と芋がありますが、どちらに致しますか? 」
そうだな、芋は癖が強いから好き嫌いがハッキリと分かれる。俺は好きだから個人用で幾つか買っておくか。
それと、みりんがあることは昨日の夕食で分かっていた。あの煮物にはみりんが使われていたからだ。みりんは日本料理には欠かせない調味料。造るのにもち米が必要な為、米が普及されていない大陸には無かった。これがあれば一段と料理の幅が広がるというもの。というか肉じゃがを食べたいから、みりんが欲しいだけなんだけどね。