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腕なしの魔力師  作者: くずカゴ
【第九幕】東の島国と故郷への想い
201/812

8

 

 銭湯で心も体もリフレッシュして、施設内で少しのんびりと過ごした後、テオドールお奨めの宿に向かった。その宿も木造建築で少し年季が入った外観をしている。老舗の旅館って感じだ。


「スズキさんは、いつもこの宿に泊まっているのですか? 」


「いえ、第四島で部屋を借りていましたから、ときどき仕事で利用していた程度です。今は、大陸に向かうため部屋を解約しましたので、当分はこの宿のお世話になるかもしれませんね」


 そうなのか、ならテオドールを訪ねる時は先ずこの旅館に来ればいいんだな。旅館に入り、チェックインを済ませた。テオドールは一部屋、俺とエレミアで一部屋を借りる。仲居さんに部屋へ案内され、襖を開けて中を確認すると、一面に畳が敷かれていた。如何にも和風といった内装だ。「ごゆっくり」と言って仲居さんは退室していく。


 靴を脱ぎ、畳の感触を足の裏で踏み締める。次に畳の上で寝っ転がると、い草の香りが鼻腔をくすぐる。懐かしい、前世での実家を思い出す。 家の中では、何時もこうやって畳の感触と香りを感じながらテレビを見ていたな。どんな番組かは覚えてはいない。横になって、ただぼんやりと画面を眺めていた。


 ガラス戸の向こうにはキッチンがあり、そこでは母さんが夕食の支度をしている。その後ろのテーブル席で、父さんはスーパーで買った出来合いのおかずで日本酒を呑んでいた。

 いつもの風景、我が家の日常。何時しかそれがつまらなく感じるようになっていき、俺は変化を求めて家を出たんだ。そのつまらない日常がどれほど幸せに満ちていたのか、当時の俺には理解出来なかった、理解しようともしなかった。


 あの日常を維持する為に、両親がどれだけ頑張ってきたのか、俺は考えようともしなかったんだ。そして最後には両親より先に死んでしまって、親不孝者もいいとこだ。情けない、人に胸を張れる人生では無かったな。

 匂いは記憶と直結していると言われていたけど、正にその通りだ。畳の匂いだけで、こんなにも多くの記憶が甦ってくるんだから。前世の経験から言わせてもらえれば、後悔のない人生を送るなんて不可能だよ。今の二度目の人生だって後悔はしてきたし、きっとこれからも、沢山するんだろうな。


「草の良い匂い。ねぇライル、私達の部屋にもこれを敷かない? 」


 エレミアも俺の隣で同じように横になって、畳を堪能していた。赤い魔力結晶で出来た両目を、気持ち良さそうに細めている。どうやら畳を気に入ったようだ。余裕があれば帰りにでも買って行くかな。


 こうしてのんびりと過ごしていると、あっという間に夕食の時間となった。食事は大広間で用意されていて、俺達以外の客も其処で食事をしている。


「ライルさん、此方ですよ」


 既に来ていたテオドールに手招きされ、夕食の席を共にする。テーブル席ではなく、畳の上に敷かれた座布団にあぐらをかく。


「畳はどうですか? ゆっくりと休めそうですか? 」


「はい、い草の良い香りがとても落ち着きます。エレミアも気に入ったようで、自分の部屋にも欲しいと言うくらいです」


「ハハッ、それは良かった。畳は専門の店で売っていますので、後でご案内しますよ。それにしても、これがい草だと良くご存知で。米酒といい、銭湯でも慣れたご様子。ライルさんはジパングは初めてですよね? 」


「偶々知っていただけですよ。正真正銘、この国は初めてです」


 軽くテオドールに疑われていたら、仲居さん達が料理を運んできた。ご飯に焼物、みそ汁、小さい鍋とお造り、天ぷらと煮物もある。見事な懐石料理だね。


 なま物が苦手なエレミアからお刺身を貰い、夕飯を楽しむ。心地よい満腹感を感じながら部屋で待ったりとしている所に、テオドールが売店で購入した純米酒を持参して訪ねてきた。


「寝る前にどうです? 」


「良いですね、お供しますよ」


 グラスではなく、お互いのお猪口に酒を注ぎ合い乾杯する。


「いやぁ、今日一日お疲れ様でした」


「お疲れ様です、明日も宜しくお願いします」


 くいっとお猪口を傾け酒を煽る。肴はイカを干して炙った物とたこわさだ。わさびもあるのか、となると寿司もあるのかな? あるのなら是非食べておきたい。


 俺とテオドールとエレミアで、一升瓶を半分ほど減らした頃に、ほろ酔い気分のテオドールがぽつりと言葉を漏らした。


「本当にライルさんは凄いですよ。私とは違って、とても優秀な商人です。私は貴方が羨ましい」


「それは言い過ぎですよ。俺は商人としても、人としても、まだまだです」


「ハハッ、そんな事を言ったら、私なんかそこらに転がっている石コロのような物じゃないですか」


 テオドールは酔うと自虐に走るタイプなのか?


「私は今まで自分の境遇に甘えていただけかも知れません。大陸に行けば、もしかしたら私の居場所があるのではないかと。ライルさん、この国は未だに大陸への偏見が酷いのです。今の王は何とかその偏見を無くそうとしていますが、難航しているご様子。大陸の人間と言うことだけで、当たりが強くなる人もいます」


 それは仕方ない事だと思う。昔は昔、今は今と割り切れる人はどれ程いるだろう? 世の中そんな出来た人ばかりではない。この旅館の仲居さん達や今まで行った店の人達も、商売だからと言うこともあり、きちんと対応してくれていたけど、一度店を出れば此方を恨みがましく睨んでくる人もいる。長い間虐げられて来た歴史は消えない。


「彼等は怖れているんです。この国に大陸の人間の血が混ざる事を。自分達は大陸の人間とは違うのだと、そう思いたいのでしょう。同じ人間なのに、可笑しな話ですよね? まぁ王の政策のお陰で、そういう人は少なくなってきていますが、完全にはいなくなってはいません。これでも昔と比べれば良くなった方なんですけどね。昔は酷いものでした…… 大陸の人と係わる事を憚られていたようです。私の母もそれで色々と苦労したと言っていました。私の体には、大陸の人の血が流れているんです。母の父、つまり私の祖父は大陸の人間です。祖母と祖父はお互いに愛し合っていた。そして母が生まれた。しかし、祖母方の親族が外聞が悪くなるという理由で結婚を反対しただけでなく、祖母は無理矢理に手篭めにされたと祖父を国から追い出したのです。母は、望まれない子供として周りから忌諱の目で見られ過ごして来たそうです。当時の母は荒れていたようで、行きずりの男と出来た子供が私です。私を身籠った母は、家から勘当されて一人で生きていく事になりました」


「あの、祖母は何も言わなかったのですか? お互い愛していた者同士の子供なんですよね? そんな子を追い出したんですか? 」


「祖母はその頃にはもう他界していました。周りの目と、親の仕打ち、そして母を一人で育て守る事で、心労が祟って若くして亡くなったと…… 周りに味方もいない中、母は必死に生きていたのでしょう。母は悪い意味で有名でした。私が物心つく頃にはすっかり噂は広まり、私達母子は肩身の狭い暮らしを余儀なくされたのです。周りの子供達に母は、“裏切り者の子供” と言われていました。子供は残酷ですね。私も良くちょっかいを出されていましたよ。私は子供ながらに思いました。大陸に行けば私達の居場所があるのではないかと…… それで商人になろうと決意したのです。単純ですよね。まぁ、結果は見ての通りですけど…… 結局、何も出来ずに母は亡くなってしまいました。今の私の目的は祖父を探す事です。大陸は広いし、もう死んでいるかも知れない。それでも探そうと思っています。それで、もし探し当てる事が出来たら、何で祖母と母を連れていかずに一人で大陸に戻ったんだと、一発ぶん殴ってやりますよ」


 凄いな、俺なんかよりずっと強いじゃないか。何処に自分を卑下する所があるんだ?


「こんな風に考えられたのは、ライルさんと出会えたからこそです。貴方の前向きな姿勢を見て、そう思えるようになりました。どんな姿でも、どんな境遇でも、自分は自分だと堂々としている貴方は、私にはとても眩しく見えてしまいます。私も生まれたからにはジパングの国民として、堂々とこの国で生きて行きたいと思います」


 いや…… 俺には前世の記憶がある分、落ち着いて冷静に見えてしまっているんじゃないだろうか。それに前向きというより開き直っているの間違いでは? う~ん、何か複雑な気分だよ。

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