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「え? 神々が魔法を制限しているって? なんでそんなことを?」
「ごめんね……わたしにも言えない事ってあるからさ」
アンネは申し訳なさそうな顔で言った。
「……わかった、これ以上は聞かないよ。でも、もし言えるようになったら、そのときは話してほしい」
「うん……約束するよ」
この話は一旦終わりにして、本来の目的に専念しよう。
村に行くためフード付きマントを着て家から出ると、
「魔力飛行で移動だからね」
と、アンネが念を押してきた。チッ、覚えていたか……
魔力をうっすらと体に纏い、自分を持ち上げるイメージをすると、ゆっくりと体が浮き始め、地面から三十センチほどで止まる。
「よーし! 行くよ! わたしについてきて」
そう言ってアンネは森の中へ飛んでいったので、俺もその後を追う。
まるで地面の上を滑るように、木々や障害物を避けながら移動する。これがなかなか難しく、悪戦苦闘していると、
「ほらほら! 遅いぞ! もっと早く!!」
アンネは俺を捲し立て、さらにスピードをあげた。
「ちょっ! もう少しゆっくり、結構大変なんだよ」
それを聞いたアンネは俺の横で並んで飛びながら、
「じゃあ、空から行く?」
「……このままで大丈夫です」
結局、スピードをあげたまま移動したので、森を抜けた頃には精神的にヘロヘロになっていた。
森を抜けた少し先に柵があり、そこを越えると大麦畑が辺り一面に広がっている。今の季節は春、大きく成長した大麦が穏やかな風に身を任せ、気持ち良さそうに揺れていた。
暖かな風を肌に感じながら歩いていると、集落が見えてきた。あれが目的地の村で、人口は三百人くらいらしい。
俺は村から少し離れた場所にある家に向かう。そこは村唯一の鍛冶屋で、そこで屑鉄を譲ってもらっている。
直接、作業場に向かうと、筋骨隆々で無精髭を生やした男性が鉄を打っていた。
仕事の邪魔をしてないけないと思い、暫く眺めていたら、一段落したので声を掛ける事にした。
「こんにちは、親父さん」
「ふぅ~、おう、坊主か? また来たのか……」
鍛冶屋の男性――親父さんが、手拭いで汗を拭いながら一息ついていた。
「例の物なら、そこの樽の中だ。勝手に持ってけ」
入口の側にある樽の中には結構な量の屑鉄が入っていた。
「ありがとうございます。これ、少ないですけど……ここに置いておきますね」
そばの作業机に大銅貨を五枚――五十リランを置いておく。
「ふん、金なんざ要らねぇと言ってんだがな、律儀な坊主だ」
「タダでは貰えませんよ」
「まあ、それで気が済むんなら好きにしな」
俺は樽の中にある屑鉄を全部収納した。この親父さんは細かい事は全然気にしない性格で、目の前の屑鉄が消えても、銅貨がいきなり現れても、「不思議なもんだ」 で終わる。
フードを取らない怪しい子供でも、たいして気にならないようだ……それがとても有り難い。
「あと、これ森で取れた果物です」
そう言って、魔力収納の中で実った果実を何個か置く――果物の種類は林檎、梨、桃の三種類で、他のはまだ見つけていない。
「おう、悪いな。坊主が持ってくる果実は旨くて、家内が気に入っててな」
魔力収納の中では季節関係なく果実が実るし、味も良くなる。魔力が関係してると思うのだが、詳しい事は分からない。
「それじゃ、失礼します。 ありがとうございました」
「おう」
一礼してその場を離れると、
『お金いらないって言ってんだから、払う必要無いと思うのにな~、それに果実まであげちゃって』
魔力収納の中で、アンネが不満そうに話し掛けてきた――魔力収納の中では常に俺の魔力と繋がっているので、任意で俺の視覚と聴覚に同調し、外の様子が分かるようになっている。
妖精は滅多に人前には姿を出さないらしい。アンネ曰く「いちいち騒がれてめんどくさい」だそうだ。
『屑鉄だって製錬すれば使えるんだからタダなんて悪いよ、それと近所付き合いは大事だからね』
『人間ってほんとめんどくさい』
その後、村の奥まで向かうと、一人の男性が俺を見つけて声を掛けてきた。
「やあ、お久しぶりです。調子はどうです?」
その男性は行商人で、エールを仕入れに定期的にこの村に来ている。身長は高く痩せていて、目が開いてるのか分からないほどの糸目だ。
「お久しぶりです、ハリィさん。調子はまずまずですね」
「そうですか、それで今日は何を譲って頂けるんで?」
俺はハリィさんに、ビッグボアの毛皮と牙を差し出した。
「いつものですね……うん、状態は良好……大きさも良いですね」
「ハリィさん、ウッドベアの素材は売れますか?」
「ウッドベアですか? それなら、皮と爪、あと肉も売れますよ」
それを聞いて皮と爪を出した。
「これは……良いですね……一体何処からこんな質の良いものを手に入れてるのか……」
ハリィさんは俺が仕留めて、解体しているとは思っていないようだ。まぁ、それも仕方ない事だろう。
「これらも良いのですが……そろそろ、本命の方をお願いしますよ」
そう、ハリィさんは俺から定期的に仕入れている物がある。それは“蜂蜜”である。
なんでも、蜂蜜はなかなか出回らない物らしい。俺は魔力支配で砂から加工したガラスで瓶を作り、中に蜂蜜を入れ、木を加工して作ったコルクのような物で蓋をした物を十個取り出した――因みにひと瓶、五百ミリリットルの蜂蜜が入っている。
「おお! これですよ、これ! では、失礼して……」
ハリィさんはうれしそうに瓶の蓋を開けて、自前のスプーンで蜂蜜をひと匙、掬い取り口に入れた。
「ほぅ……この濃厚なのにくどくない甘さ……まさに、一級品ですね」
うっとりと蜂蜜の味を確かめた後、手早く残りの蜂蜜を荷馬車へ積んだ。
「今回も、とても良い品でした。では、こちらも約束のものを」
俺はハリィさんから、塩と綿布にエールを数樽と小麦粉を受け取って収納した。
「そして、これが差額のお金です。お確かめ下さい」
「はい……確かに受け取りました」
金額を確認してお金を収納した。
「しかし、便利ですね~。空間収納と言うのは、私もそんなスキルがほしいものです」
俺は曖昧な笑顔で誤魔化した……魔力収納ではなく空間収納のスキルを持っている事にしている。
「それではライルさん、またの取引をお願いしますよ」
「こちらこそ、またお願いします」
俺とハリィさんは互いに挨拶を交わし別れ、家に帰ろうとしたら、弓を持った数人の男達が俺の前に立ち塞がった。
「何か用ですか?」
俺がそう聞くと、一人の男性が前に出てきて、
「なあ、そろそろ俺達にあの蜂蜜の出所を教えろよ、あの森なのは知ってるんだ」
「それは前にも断ったはずですが?」
男は少し苛立ちながら、
「わかってねぇな、いいか? あの森はな、昔から俺達が狩りをしている森だ。つまり、俺達の森だ。それが、よそ者のガキが住み着いて俺達の獲物を横取りしてやがる。その蜂蜜も本来は俺達の物になるはずだったんだ。 わかったら、どうやって蜂蜜を手に入れてるのか教えてから、あの森を出ていけ!」
何を言ってんだ? この連中は……あの森は彼等の私有地なのか? だとしたら俺に非があるけど、昔からそこで狩りをしているだけで、所有者ではないと思うけど……
「わかりました。 あの森があなた達の私有地だと証明できるものはありますか? それがあれば、俺も納得して森から出ていきます」
「あぁ? そんなもんねぇよ。ごちゃごちゃうるせえな、さっさと言えってんだよ!」
う~ん、どうしよ……なんか面倒になってきたな。そう思っていたら、クイーンから
――敵? 殺す?――
という思念が送られてきた。
『いや、大丈夫だから……ありがとう』
さて、どうしたもんかな……
「お前が何も喋らねぇのなら、こっちも考えがある。よそ者が一人消えた所で誰も気になんかしねぇ……よく考えておけよ」
そう言うと男達は去っていった。
ふぅ、疲れた……早く帰ろう。しかし、あの男達に言われて気付いたけど、この国の土地の管理はどうなっているのかな? もしあの森が国の管理下にあるのならば、俺は不法侵入者だ。納税もしていないし……
ふと、アンネが大人しいなと思い確認したら、魔力収納の中の花畑でぐーすか眠りこけていた。




