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「試飲されますか? 」
「勿論です! 」
こんな素晴らしい提案を断る事など出来るだろうか? いや! 出来る筈がない!テオドールは空中に空いた穴に手を突っ込み、一升瓶を取り出した。
「それは空間収納ですか? 」
「はい、そうです。私は空間収納のスキルを授かりました。このスキルで収納されている物は、冷たい物も温かい物も温度は変わらずに保存されますので便利ですよ。温度の変化に弱い物は空間収納で運ぶのが一番です」
成る程、初めて空間収納を使っている所を見たが、俺の魔力収納と全然違うな。俺のは何も無い所からいきなり現れるけど、空間収納は空間に取り口となる穴が開く。スキルを覚えている人が少ないせいなのか、今まで怪しまれずに済んでいたんだと思う。これからも魔力収納を空間収納と言い張るのは難しいかな?
そんな事を考えている間にもクロウドルは、お猪口にお酒を注いで此方に渡してくる。
「とうぞ、これは純米酒になります」
俺は魔力で操る木の腕を使ってお猪口を受け取り、香りを嗅ぐ。
あ~、これだよ。米酒の、日本酒の香りだ。一口飲むと、あっさりと飲みやすく、仄かな米の風味が鼻を抜け、酒が通った後の喉には優しい熱が残る。懐かしい味だ、よくこの異世界で此処まで日本酒に近付けたな。
もう一口飲むと、前世の光景が思い浮かぶ。行き付けの居酒屋でたちの悪い酔っ払いに絡まれて、普段は無視を決める所、仕事のストレスもあってかその日は取っ組み合いになる程の喧嘩をしてしまった。お陰様で出禁になっちまったよ。気に入っていた居酒屋だっただけにショックが大きかったな。
知り合いと何軒も梯子して、夕方から深夜まで呑んだ事もあったな。ゲェーゲェー吐きながら呑んでたっけ、最後はもう意地だけで呑んでいたよ。結局その日は帰れずに、終電を逃した駅で始発までダウンしていたな。ご迷惑をお掛けして申し訳なかった。
あれ? 酒で失敗した事だらけだ、録な思い出がないぞ。それでも酒を飲むのは止められなかった。鬱憤を晴らす為、楽しむ為、現実逃避の為、一人で気分に浸る為、会社の付き合いの為、些細な理由をつけては酒を飲む。二十歳から飲み始めて十数年。俺の傍には常に酒があった。アル中になる前に死んでしまったが、あのまま生きていたとしても確実になる自信はあったね。
「どうですか? 」
前世に想いを巡らせていると、遠慮がちにテオドールが尋ねてきた。
「はい…… とても、美味しいです」
もっと上手い表現があっただろうに、今の俺ではこれが精一杯だった。それでもテオドールは満足したのか、満面の笑みを浮かべていた。
「それにしても、魔力操作がお上手ですね」
「スズキさんの国では魔力で物を操るのは珍しい事なんですか? 」
「いえ、むしろ逆です。重い物を運んだり、高い所から取り出したり、置いたりするのに便利なので、広く一般的な方法ですよ」
そう言ってテオドールは、目の前で一升瓶を魔力で浮かせて見せた。大陸と違って魔力で物を運ぶ様子は日常的に良く見られる光景のようだ。
「それと、ライルさんも空間収納に似たスキルをお持ちのようですね」
「分かりますか? 他の方達には空間収納と言っているのですが、スズキさんには誤魔化しが効きませんね」
「未だにスキルの全てが解明されては居ませんから、そういう誤魔化しも通用するのでしょう。世界は広い、私達の知らないスキルはまだまだ沢山あります。無理にライルさんのスキルを聞こうとはしませんよ」
「お気遣いありがとうございます」
昼食を終えた俺達は、テオドールの船に乗りインファネースに向けて出発する。テオドールからどうやってこの島へ来たのか聞かれたけど、独自の移動法があると言葉を濁し、テオドールもそれ以上は聞いてこなかった。
エレミアが地図を見ながら案内して、テオドールが舵を取る。その間に俺はマナフォンで女王と領主に連絡を入れる。領主には東商店街の代表であるヘバックに、船の受け入れ体制を整えてほしいと頼んでおいた。
「ひとつお聞きしたいのですが、米酒があるのですから米麹もありますよね? もしかして種麹を作って保存していたりはしていませんか? 」
「色々と良くご存知で、感服致します。仰有る通り、種麹を保存の為粉状にして、それを販売している店があります。その店以外で販売することは国の法律で禁止されているので、此方へは持ってきておりません」
そうか、それは残念だ。譲って貰って米麹を大量に作っておきたかったんだけど仕方ない。
「スズキさんは、持ち込んだ商品をインファネースで売って、その代金で仕入れた物をジパングへ持ち帰るんですよね? 良ければ俺も連れていってくれませんか? 」
「それは私と一緒にジパングへ行きたいと言う事ですか? 助けて貰ったご恩もありますし、良いですよ。めぼしい物を仕入れて、船の修理が終わりましたら一緒にジパングへ行きましょう」
やった! これで米と酒の仕入れルートを開拓出来るぞ。他にも珍しい物があったら仕入れてみよう。楽しみだな、一体どんな国なんだろうか。
船に揺られること数時間、インファネースの港が見えてくる。
「おぉ…… 漸く着きました。あれがインファネースですか」
まだ見えただけだというのに、感無量だと言わんばかりに遠い目をしている。気持ちはお察ししますが、商売が上手くいくかどうかはこれからですよ。




