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季節は秋、気温も下がり大分過ごしやすくはなった。それでも暑いから暖かいに変わっただけなんだけどね。ゴブリン達による騒動もすっかりと落ち着き、インファネースは何時もの平穏な街並みを取り戻した。店の客は相変わらず疎らで、足繁く通ってくれるのは休憩所扱いしてくる奴等ばかり。もういっそのこと、休憩スペースでも作ってやろうかと思ってしまう。
「へぇ~、そんなに凄いんですね。この街でも売ってるんですか? 」
「そうなのよ! サンドレアの化粧水を使えば、もうお肌プルプルよ! あの国は空気が乾燥してるから、お肌が荒れやすいの。だから化粧水やお肌に良い薬とかに力を注いでいるのよ。私も欲しいけど今は手に入りづらいのよねぇ」
「そうなんですか、それは残念ですね」
「あらぁ、リタちゃんはまだ若いから大丈夫よ。張りのあるピチピチのお肌…… 羨ましいわねぇ」
肌についての会話に花を咲かせるリタとデイジー。なんともミスマッチな組み合わせだ。しかしサンドレア王国では肌に良い商品が売れているのか。乾燥地帯なら髪も傷みやすそうだし、今度コンディショナーでも作ってみようかな? 確かアップルビネガーからでも作れるんだよな? 精油には収納内の花やハーブでも使うか。効果は使ってみないと分からないから色々と試してみよう。
二人を眺めながら、そんな事を考えているとポケットに入れていたマナフォンがブルブルと振るえた。
ん? 誰からの着信だ? カウンターをシャルルに任せ、二階に上がってからマナフォンを取り出す。
「はい、もしもし? どなたですか? 」
「ライル君? 私です、リュティスです」
おぉ、人魚の女王様か。マナフォンを渡してからというもの、頻繁にエルフの長老とドワーフの王に通話しているらしい。前に長老から聞いた事がある。
「これは女王様、如何されましたか? 」
「えぇ、実は転移門がある島に、ここらでは見かけない服を着た人間がいるとの報告を受けました。それによると、どうやら破損した船を修復しているみたいなのです。見たところ相手は一人なので、私達をどうにか出来るとは思えませんが、どう接触すれば良いのか…… 判断が難しくて貴方に連絡をしたのです。意見を聴かせてはくれませんか? 」
船を修理しているという事は、座礁でもしたのだろうか? それとも何か明確な目的があってあの無人島に降り立ったのか、何れにせよ話を聞く必要がある。
「分かりました。私めが伺いますので、他の人魚達には近づかないようお願い致します」
俺はエレミアと伴い転移門を潜り、無人島へと赴いた。草木が生い茂る場所から少し離れた所に海岸があり、そこに小さい船がとまっている。その傍で焚き火をしている男性が一人、見た目は中肉中背で、顔は何ていうか…… 幸薄で如何にも苦労人という感じがする。黒髪で短く揃えて清潔そうに見えるけど、登頂部が寂しくなりつつある様子が、また一段と哀愁を醸し出している。歳は四十代かな? いや、そう見えるだけでまだ若いかもしれない。
ゆっくりと幸薄の男性に近寄って行くと、気配を感じたのか男性はビクッと体を跳ね身構えた。
「誰ですか? 誰かいるのですか? それとも魔物? 」
茂みから出て、警戒している男性に姿を見せる。俺の姿を見た男性は、初めは驚きで目を見張り、此方が人間だと分かると安心した表情を浮かべた。
「此処に住んでいるのですか? それとも、私のように船で来たのですか? どちらにせよ助かった。お願いします、国から船を出したのは良いのですが嵐に巻き込まれてしまいまして、よければ近くの街か村まで案内してくれませんか? 勿論それなりの謝礼は致しますので」
そう言ってヘコヘコ頼む姿は、くたびれたサラリーマンを思い出す。何だろう、他人の気がしない。まぁ此処に置いておく訳にもいかないし、街まで案内した方が良いだろう。
「初めまして、俺はライルと言います。それと横にいるのがエレミアです。嵐に巻き込まれたのですか、それは大変でしたね。分かりました、街まで案内します。この船はまだ動くのですか? 」
「おぉ、有り難う御座います。応急措置しか出来ておりませんが何とか動きます。あぁ! 申し遅れました。私は商人をしております、テオドール・スズキと申します。どうか宜しくお願い致します」
はい? 何その安アパートみたいな名前は。スズキって鈴木か? だとしたら何で日本の名字を名乗ってるんだ?
「あの、スズキさんはどちらのお国の方ですか? 」
「大陸の方には珍しい名前ですよね、私の出身はジパングです。大陸から見て東に位置する島国ですよ」
ジパング…… それって、五百年前に勇者クロトが作ったと言われている国の名前。この男性はそこから此処まで船で来たのか。
「商人をしておられると言いましたよね? もしかして交易をしに遠路遥々? 」
「いや~、そんな大袈裟なものではありませんよ。私は商人をしておりますが、どうにも上手くいかず借金も増えていくばかり。そこに大陸からたまに来る人からインファネースという街の噂をお聞き致しまして、一念発起と言いましょうか、決意を新たにこうして旅立ったという訳です。まぁ、結果はご覧の通り、始まる前に躓いてしまいましたけどね」
力なく自嘲するテオドール。苦労してきた様子が全部見た目に反映しているかのようだ。