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第二王子のコルタス殿下がシャロットの婚約者で、婚姻を結んだら、殿下がレインバーク領を治める事になる?
「シャロットはそれに同意したんですか? 」
「王族からの申し出を断れると思うのか? それにこの婚約はレインバーク領にとっても良い話なんだぜ。王族との係わりを深くすることで、鬱陶しい横槍が減るんだからな」
「政略結婚という訳ですか…… 」
「お前には分からないだろうがな。それが貴族だ。それが上に立つ者の義務だ。領民や国民の暮らしを守るために身を削り、己の家族さえも道具にする。それが俺達の常識であり、覚悟も出来ている」
そうかも知れないけど、腑に落ちない。義務や責任で望まない結婚を強要される。それを快く感じないのは、きっと前世の記憶のせいなんだろうな。
「お互いに利益がある婚姻なのに、拒む理由はないだろ? 平民には理解が難しいか」
渋い顔を崩さない俺に、コルタス殿下は呆れたように言った。確かに、俺には理解出来そうにない。
「その話をするために、態々ここまでお一人でいらしたのですか? 」
「まあな、他の代表達には挨拶は済ませた。それとは別に伝えたい事もあったしな。いいか、マーカス伯爵のお陰でお前はまだ父上や城にいる爺共に気付かれてはいない。だけど油断は禁物だ。お前の存在が知られてしまえば、いくら伯爵でも庇いきれない。俺にばれたように、王族の力は油断出来ないぞ。そうなればお前は王城に呼ばれて、そのまま飼い殺しにされる。それだけは阻止しなければならない。この街の発展はお前の功績があってこそだからな。いずれ街を治める身としては、いなくなられては困るんだよ。なので、お前の隠蔽を伯爵と協力して行う事にした」
もうシャロットと結婚して街を治めるのは確定事項なんだな。シャロットが納得して受け入れてるのなら、俺から言える事はない。俺が知らないだけで、前世でも政略結婚はあるらしいからね。そういう事もあると思って受け入れるしかないか。
「殿下は街を治める立場になられたら、他種族の人達をどうなさるおつもりですか? 」
「心配か? 安心しろ、悪いようにはしない。そもそも他種族に手を出す事は禁忌とされている。約五百年前、まだ今のような奴隷制度が出来ていない頃の話だ。見た目が良いエルフ、様々な工芸の知識を有するドワーフが人間達によって拐われ、奴隷として売られていたらしい。当時の過酷な奴隷環境で遣い潰しにされ、エルフとドワーフの数が減り始めていた。それに怒りを覚えたのが世界の均衡を守る四体の属性龍の内の二体、エルフとドワーフの守護者でもある地龍と炎龍が暴れだし、二つの国を滅ぼした。それでもなお怒り狂う龍達を鎮めたのが勇者クロトと言われている。そんな経緯もあり、殆どの国が他種族に手を出す事を固く禁じたんだ。まぁ、全ての国ではないがな。当然この国も禁じている」
自業自得とはいえ、悲惨な末路を迎えた国があるのか。それにしても活躍しすぎだな勇者。
『ほぅ、属性龍か…… 我が封印されている間にそんなものが生まれていたとはな。大方、我の代わりといった所だろう。封印される前は我の役目であったからな』
ギルの代わりが四体の龍とは、流石は厄災龍と呼ばれているだけはあるね。しかしそんな話があるのなら、悪戯に危害を加えてくる事もないだろう。一先ずは安心なのか?
「俺はな、この街が気に入っている。王都よりもずっと綺麗で、俺を嘲笑う奴もいないからな。己の利益しか考えられない爺共に、そんな奴等の顔色を窺う父上、上辺だけは良い兄に、何も知らずに利用される弟。俺は王にはなれない、あんなものなりたくもない。貴族共が派閥を作り王位争いを始めている。馬鹿らしい、兄弟で争っている場合ではないのにな、他にやるべき事があるだろうに。だから俺は王位継承権を放棄した。あいつらの傀儡になるのは御免だ」
どうやら複雑な家庭環境のようだ。汚い政治世界を幼い頃から見せられて嫌気が差したという訳か。色々と大変なのは分かるけど、それで気に入った街を手に入れる為だけにシャロットと結婚するというのはいかがなものか。
「おい、何だその顔は。もしかして俺が街を治める為だけにシャロットと婚約を交わしたと思ってるんじゃないだろうな? 確かにそうだが、何も思ってない訳ではないぞ。むしろ女としての魅力を感じているし、あれほど面白い奴はいない。つまりは、その、なんだ、出会った女の中では気に入っている部類だと言うことだ」
おや? コルタス殿下の顔が若干赤くなっている。もしかして照れているのか? へぇ、義務とか責任とかいっていたけど、結局は好きだから婚約したんじゃないか。
「やっぱり此処にいらしてたのですね! お一人で出歩かないようにと申したではありませんか! 」
勢いよくドアを開けて部屋に入ってきたのは、今まさに話題に上がっていたシャロット本人だった。
「ふん、何処に行こうが俺の勝手だ。用事も済んだし、帰ろうとしていた所だ」
ぶっきらぼうに答えたコルタス殿下は、ローブを羽織って部屋から出ていった。
「はぁ、殿下にも困ったものですわ。ライルさん、ご迷惑をお掛けしました」
「いや、それは別に良いんだけど…… あのさ、シャロットはコルタス殿下と婚約しているのか? 」
「…… 殿下からお聞きになったのですね? えぇ、その通りですわ。最近ではありますが、わたくしは殿下と婚約を交わしました。けれど誤解為さらないで下さい。別にこの身を犠牲にという訳ではありませんのよ。殿下は王位継承権を放棄なさいましたので、急いで婚姻を結ぶ必要は無くなりましたの。それでも王族なので国に有利な婚姻をしければなりません。そこで目をつけたのが、発展して力をつけ始めたレインバーク家ですわ。わたくしとコルタス殿下の婚姻により、王族の権力をより磐石に出来ます。レインバーク領も王族の血が入る事により爵位も上り、領民達の暮らしも豊で安全になりますわ。わたくしには特にお慕いしているお方もおりませんし、そろそろ結婚しないと行き遅れてしまいます。それにコルタス殿下とは知らない仲ではありませんのよ。王都で通っていた学園の同級生でしたの。最初は横暴な態度で少々苦手ではありましたが、付き合って行く内に、見た目の割に繊細で真面目な方だと分かりました。何だかお父様に似ていますわね」
「おい! 何をしている! 帰るのではなかったのか! 」
「あら? 殿下が待ちくたびれていますわ。それでは失礼致します。ごきげんよう、ライルさん」
シャロットはコルタス殿下と馬車に乗り、去っていった。なんだ、シャロットも満更でもないようだ。心配して損したよ。