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救援に来てくれた神官と神官騎士達は、西地区にある教会に身を置いて、難民達の世話をしていた。俺はカルネラ司教を訪ね、教会へと足を運ぶ。
教会の中には多くの街の人達と難民達が祈りを捧げている。近くの神官にカルネラ司教に会わせてほしいと頼むが、神官は困り顔で答えた。
「申し訳ありません。司教様はお忙しい身なので、約束の無い方とは直ぐにお会いになるのは―― 」
「―― 構いませんよ。彼は私の知己ですので、問題はありません」
神官の言葉を遮ったのは、前より少し顔の皺が増えたカルネラ司教だった。
「そうでしたか、司教様の…… これは失礼しました」
「さあ、こちらへ」
カルネラ司教に教会の一室に案内され、俺とエレミアは椅子に腰掛けた。
「お久しぶりですね。こうして再び会う日を楽しみにしていましたよ。全ては神のお導き通り」
意味深な物言いは変わらないみたいだ。思えばこの人から “生と死の神” の存在を示唆されたんだったな。
「お久しぶりです、カルネラ司教様。あの時はお世話になりました。司教様からお伺いした話も大変興味深いものでした」
隣に座るエレミアをちらりと見て、此方に視線を戻したカルネラ司教は、何か確信した面持ちになる。
「その様子では、もう知っているようですね」
「何についてかは分かりませんが、今の世界のマナについてと、神様についてなら。それと、自分のスキルの事も人魚の女王様から教えて頂きました」
「そうですか…… 此方の勝手な言い分ではありますが、どうかこの世界を宜しくお願い致します」
深く頭を下げるカルネラ司教に、俺は戸惑いを隠せなかった。
「俺のスキルの事を知っていたようですし、司教様は一体何者なんですか? 」
「ライル君、私は神の使いとして、この世界の行く末を見守り、時には手を出す事もありました。私は、記憶を保ったまま生まれては死ぬ、それをずっと繰り返しているのです。最初は何時だったか…… 思い出すのも億劫になるほどにね。それが私の祝福であり、罰なのです」
…… は? それって、ずっと記憶を持ったまま転生を繰り返しているという事か? カルネラ司教のあの様子だと、随分と転生をしているみたいだ。一つの人生が終わって、また一から別人としての人生が始まる。それは当たり前の事、前世の記憶が無ければだけど。しかし、カルネラ司教には記憶がある。この人はどれだけの人生を歩んできたのだろうか?
祝福であり罰でもある。終わりの見えない人生、初めは神からの祝福のように思えるけど、何度も繰り返せばそれは罰となってしまう。たった一回の転生でも前世の記憶が邪魔になる事が時々ある。だけどカルネラ司教は…… 俺には想像も出来ないな。
「貴方はこれから世界の成り立ちを知るでしょう。世界の仕組みを知るでしょう。そして、私の…… いえ、この世界の人間の罪を知ることになるでしょう。だけど、どうか人間に、世界に、失望しないで下さい」
そんな事を言われても困る。俺はまだカルネラ司教の言っている意味を知らない。それでも、今は疲れきった老人のようにしか見えない司教の姿に同情を禁じ得ない。
「司教様、俺には貴方の言っている意味をまだ知りません。なのでどうなるかは分かりませんが、今の俺はこの世界は嫌いではありません。理不尽で危険が多いですけど、大切な人達にも出逢えましたし、割りと今世を楽しんでますよ」
「そうですか…… それは何よりです」
嬉しいような、哀しいような、そんな表情をしたカルネラ司教は何とか言葉を絞り出す。きっと、司教の方からは言えない決まりでもあるのだろう。世界の成り立ちと仕組み、そして人間の罪。俺は知らなければならない、そんな意図をカルネラ司教から感じた。でも今はゴブリンキングを倒す事に集中しなければ。
「聖教国からの救援という事ですが、随分と早いですね。どうやってこんなに早く来れたのですか? 」
「ああ、私は聖教国から直接来た訳ではありません。教会にも通信の魔道具はありましてね。偶然近くにいた私が神官と神官騎士を集めて向かったという次第です」
「そうだったんですか。王都の教会にはもういないのですか? 」
「ええ、もともと私は色んな教会を回っていまして、決まった場所はありません」
ふ~ん、エリアマネージャーみたいなものなのかな?
その後はカルネラ司教に、これ迄過ごした事を時間が許す限り話をした。その流れでギルとアンネを紹介したが、驚いた事に彼等は知り合いであった。
「ギルディエンテ様とアンネリッテ様の手に掛かれば、ゴブリンキングなど相手になりませんな」
「まさかライネルだったとは、あれほど血気盛んであったのに、面影が全く残っていないではないか。今回で何度目の転生だ? 」
「おぉ~、ケルンじゃん! 久しぶり~! なに? あんたまだ記憶持ちやってんの? 確かクロトと一緒にいた五百年前は神官見習いだったよね? 」
ギルとアンネで呼び方が違うのは、知り合った時代が違うからかな? 自分の前世を知る者がまだ生きているってどういう感覚なんだろう。
「流石に何度も死んでいれば、性格も変わりましょう。お二方はお変りないようで安心しましたよ」
「我は死んだことがないのでな、その感覚は分からん」
「わたしは何度死んだって変わらない自信はあるよ! 」
この不思議な邂逅を眺め、時代も姿も違うカルネラ司教に、まるで旧友のように接するアンネとギル。そんな三人の関係を、何となくだけど羨ましく思った。