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インファネースの街は怖いくらいに順調そのものだ。その内何か恐ろしい事が起きるのではないかと心配になるほどである。
「心配しすぎだって! 素直に喜べば良いのに、ライルはひねくれてるね! 」
そんな俺の考えにアンネはムウナの頭の上で呆れていた。別に良いじゃないか、呑気よりはましだと思うけどな。
「ライル、ひねくれ? ライル! ひねくれ! 」
語呂が気に入ったのか、ムウナはひねくれ! と繰り返している。アンネは良くムウナと一緒にいるけど、もしかしてムウナが時々変な単語を繰り返しているのは、アンネが原因では無かろうか?
その日もエルフやドワーフの煽りを受けて、客足が遠退いた店でのんびりしていると、物々しい雰囲気の冒険者達が店に入ってきた。
「いらっしゃいませ! 」
リッカが元気に挨拶をするが、冒険者達は真剣な様子で商品を物色している。そして、マジックテントと洗浄の魔道具を購入していった。実はこれが初めてではない。最近の冒険者達は気が張っている様子が見受けられる。クレス達が旅立つ時にリリィが魔物全般が活発化しているといっていたな。何か関係があるのだろうか。
「何だか最近の冒険者さん達は怖いですね。何かあったんでしょうか? 」
姉妹で服屋を営み、コミュ症の姉を持つリタが、不安気に聞いてくる。それに答えたのはいつもこの店に休憩と称してお邪魔してくる薬屋のデイジーだった。
「あらぁ、知らないの? 何でもゴブリンが異常繁殖しているらしいわよ。ゴブリン自体はそんなに強くはないけど、数で来られたら、然しもの冒険者でも苦戦を強いられるわ」
ゴブリンの異常繁殖と聞いて、リタは顔を青くする。
「えぇ! そんなに増えているんですか? 」
「私も実際に見たわけではないから、ハッキリとはいえないけど、かなりの数まで増えてるらしいわよ。街の西にある森からゴブリンが出てきているので調べたら、大規模な集落が出来ていたって話よ。等級の高い冒険者達はこぞってオーク討伐の為レグラス王国に行っちゃったから、少しずつ数を減らす事しか出来ていない状況なのよ」
いやぁねぇ、なんて言いながら呑気に麦茶を啜るデイジーとは対照的にリタは不安を隠しきれない様子だ。
繁殖か、確かゴブリンはオークと違って雌がいるんだよな? 徐々に数が増えていったのなら、冒険者達が見逃す筈はない。だとしたら、この短期間で爆発的に増えたと言うことになる。
「デイジーさん、ゴブリンの繁殖力ってそんなに強かったですか? 」
此方に顔を向けたデイジーは、眉間の皺を深くしていた。
「いくら繁殖力が強いと言われているゴブリンでも、ここまでではないわ。だから “異常繁殖” って言ったんじゃない。考えられる原因はひとつ。 “ゴブリンキング” が生まれたって事ね」
オークキングに続いてゴブリンキングかよ。どうなってんだ?
「それだけじゃないわ。大陸の西にあるアスタリク帝国ではオーガが大量発生して暴れまわっているって噂もあるわね」
全国的に魔物の被害が増えていると言うわけか。何だか嫌な予感がしてならない。
嫌な予感程良く当たると言うけれど、正にその通りだった。秋の始まり、気温が下がり少しは過ごしやすくなったかなと感じた頃、インファネースに大勢の人達が押し寄せてきた。全員レインバーク領の領民達である。常連さんの話によると、ゴブリンの軍勢が西の森から現れ、このインファネースに目指して進軍しているらしい。その途中にある村から村人達が避難してきたのだ。幸いにもゴブリン狩りをしていた冒険者達がいち早く軍勢を発見し、村を守るのは不可能と判断して村人達の避難誘導を優先したので、今の所ゴブリンによる被害は村だけで済んでいる。
だけど、命が助かったとしても畑や家を失った人達の顔は暗い。何時ゴブリン達に追い付かれるか分からない状況で、ひたすら逃げてきたのだ。体力的にも精神的にも限界が近いようで、門近くの開けた場所で座り込み、ぐったりとしている。
そんな様子を眺めていると、兵士と共に領主がやって来た。領主は兵士を使い、避難してきた人達に水と毛布を与え、マジックテントを設置し始めた。
「ブフゥ~、ライル君、丁度良かった。今から君の店に行こうとしていた所でな」
「私に何かご用ですか? 」
「うむ。費用は我輩が持つので、ある分だけで良い、マジックテントを提供して貰いたい。恐らくだが、まだ難民は増えるであろう。街の宿屋では部屋が足りぬのだ。中央広場と門前の広場を難民の為の宿営地としたいのだよ」
「そういう事でしたら、喜んで協力させて頂きます」
恩に着る。そう言葉を残し、領主は難民達の方へ向かって行った。俺は店にあるマジックテントを全て持ち出し、中央広場でテントを設置している兵士に渡す。
領主のいう通り、時間が経つにつれて難民の数は増えていった。皆顔色は優れないが、怪我はしていない。どれ程の数のゴブリンかは知らないが、直ぐに避難させた冒険者達の判断は正しかったと言える。
シャロットは、自身が作製したゴーレムであるシュバリエと館のメイド達を伴って、難民達の為に炊き出しを始めた。食料は領主が街の為にと備蓄していた物を使っている。
それでも何時まで持つかは分からない。インファネースに向かって来ているゴブリンの軍勢もどのくらいで着くのかも、今調べている途中だ。どんどん流れ込んでくる難民達を見て、不安で胸が苦しくなった。