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腕なしの魔力師  作者: くずカゴ
【第八幕】平穏な日常と不穏の訪れ
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4

 

 まだまだ残暑が厳しいこの日、東商店街の代表である初老の男性、へバック・サラステアが珍しい客を伴って訪れてきた。ヘバックの長身に隠れるように後ろにいるのは赤い髪に腰に水のリングを着けて地面から少し浮いている人魚の少女、ヒュリピアであった。


 何故人魚であるヒュリピアが、ヘバックと一緒に表から店に入ってきたのか? ヒュリピアは一人なのか? 疑問に思っていると申し訳なさそうに、ヒュリピアは口を開く。


「へへへ…… ちょっと油断しちゃった」


 ヘバックの説明によると、港の近くで網を張っていた漁船に引っ掛かってしまい、網から出したはいいが、初めて見る人魚にどう対応すればいいのか分からず、代表であるヘバックに相談を持ち掛けたらしい。そのまま帰してしまえば良いと思ったが、それだとまた同じ事が起きるかも知れない。どうしたものかと頭を悩ますヘバックに、ヒュリピアが俺の知り合いだと言ったので、こうして訪ねてきたのだと言う。


「しかし、ドワーフとエルフだけでなく人魚ともお知り合いとは、ライル君は顔が広いんじゃのぅ」


 ヘバックの瞳が妖しく光ったような気がした。あっ、これは何か企んでるな。厄介な人に見つかってしまった。


「ごめんなさい。人間の街に興味があって、近くで見てみたくなったの」


 苦い顔をしている俺を見て、やばいと感じたのか、ヒュリピアは体を縮こませて俯いてしまった。一歩間違えれば売り飛ばされていたかも知れない。世の中良い人間ばかりではないからね。だけど俺も強くは言えない。

 人魚と取り引きを行う事によって、人魚達は人間に興味を持ち初めてしまった。今回は人一倍好奇心が強いヒュリピアが行動を起こしたが、他の人魚達も時間の問題だったかもしれない。これは女王と相談する必要があるな。


「お手数をお掛けしました。彼女は此方で預かります。有り難う御座いました」


「ふむ…… 詳しくは聞かんが、人魚達によろしく伝えてくれんかの」


「…… はい、伝えてはおきます。でも、あまり期待はしないでくださいよ」


「フォッフォッ、分かっておるわい。急いては事を仕損じる。先ずは覚えて貰う事からじゃよ」


 一瞬だけど厭らしい笑みを浮かべたヘバックは、足取りを軽くして店から出ていった。これだから商人は油断ならない。きっと人魚との取り引きをどう行うか、色々と計画を練っているのだろう。


「何事も無くて良かった。説教は女王様と他の人魚達に任せるとするよ。さぁ、戻ろうか」


「うっ…… ライル~、やっぱり女王様に報告しちゃうの? 」


「当たり前だろ? その事に関して女王様と相談もしたいから、報告しない訳にはいかないよ」


 ガックリと肩を落としたヒュリピアを連れて、俺とエレミアは人魚族の女王、リュティスの元へ赴いた。



「そうでしたか、そんな事が…… ヒュリピア、後でお説教ですからね。私はライル君と話があるので、先に説教部屋で待っていなさい」


「はい、女王様」


 トボトボと女王の間から出ていくヒュリピア。説教部屋なんてものがあるんだ。たぶんヒュリピアはその部屋の常連だな。


「さて、そのヘバックという人間は何を企んでいるのか、分かりますか? 」


「はい、ヘバックは貿易商を営んでおります。なので、人魚達との貿易を望まれるかと存じます」


「貿易ですか…… 私達から一体何を望むのでしょうか? 」


「それは、分かりません。どうです? 一度会って見ては如何ですか? 会談場所は私めの店の二階、近衛隊長のリヒャルゴさんを連れていけば、おいそれと手を出す事は出来ないかと」


 女王はアダマンタイトで出来た三つ又の槍、トリアイナの柄を撫でながら暫し思案に耽る。


「…… 分かりました。会うだけ会って見ましょう。会談の準備は貴方にお任せします。日取りが決まりましたら、教えて下さい」


「はい、謹んでお受け致します」


 店に戻った俺は、早速ヘバックと連絡を取り、会談の日時を決めた。ヘバックは大手の貿易商だ、一方的に相手方が不利になるような取り引きは持ち出さない筈。悪いようにはならないだろうという思いが俺にはあった。


 そして、いよいよ約束の日。俺の店の二階で人魚の女王と人間の貿易商人との会談が始まった。


「お初にお目に掛かります。私はヘバック・サラステアと申します。この街で貿易商をやらせて貰っております。この度は人魚族の女王自ら御越しいただき、恐悦至極で御座います」


「ええ、此方も会えて嬉しく思います。それで、人間の貿易商が私達人魚に何を望むのですか? 」


「はい、伝承によると人魚は海から簡単に大量の塩を作れると記されております。それが事実なのであれば、塩を頂きたく存じます。それと、海の魔物の素材―― 特にシーサーペントを所望致します。私は常々疑問に思っておりました。ライル君が販売するマジックバッグにはシーサーペントの皮が使用されています。それは一体何処から仕入れているのかと。人魚と出逢い、その疑問は確信へと変わりました。どうか私にもシーサーペントの素材を譲って頂きたいのです」


 そんな事を思っていたのか、ずっとシーサーペントの仕入れ先を調べていたんだな。油断ならないじいさんだよ。


「…… 分かりました。それで、貴方は私達に何をもたらしてくれるのですか? 」


「女王様が望む物を私がご用意出来る限りを尽くしたいと存じます」


「では、砂糖と小麦…… それと、貴方は貿易商なのですから何か珍しい物があれば持ってきてください。後は、私達の安全を保障して貰いたいのです」


「砂糖と小麦、それと珍しい物ですね? ご期待に沿えるよう努めさせて頂きます。しかし、安全…… で御座いますか? 」


「えぇ、昔、人間達の間で人魚狩りというものが流行りましてね。犠牲になった者も少なくはありません。あの悲劇を繰り返さないで欲しいのです」


 女王が言う昔とは、千年前の事だろう。その頃はまだ今のような奴隷制度では無かった。人攫いも頻繁に行われていた筈だ。人魚は珍しい種族だからこそ高く売れたに違いない。


「今はその様な輩はいないと言いたい所ですが、何があるか分かりません。私の方から漁師達へ通達して、日夜目を光らせておきましょう」


「よろしくお願いしますね」


 これで商談は纏まったかな? と思っていると、ヘバックはバッグから小袋を取り出し、テーブルに置いた。


「…… ? これは? 」


「お近づきのしるしに、この大陸の北方で生産されております、辛味成分を含んだ調味料で御座います。どうぞ、お受け取り下さい」


 小袋の中には赤い粉末が入っていた。これって唐辛子か? リヒャルゴは確認の為、人差し指に少しだけ付けて舐める。


「っ!? これは、辛いな。胡椒とは違った辛さだ。体の中から熱くなるのを感じるぞ」


「へぇ、それは良いですね。料理の幅も広がり、女性達も喜びます。これも定期的にお願いしますね」


 どうやら気に入って頂けたようだ。人魚達は料理に嵌まっていると、前もってヘバックに伝えた甲斐があったよ。商品の受け渡しの場所に、人魚の島とインファネースとの間にある小さな無人島に決めて、今度こそ商談は終わった。


 女王とリヒャルゴが先に退室した後、ヘバックは大きく息を吐き、椅子に深くもたれこんだ。


「フゥ~、緊張したわい。まさか伝承や物語でしか確認出来なかった人魚と交易をする日が来るとはのぅ…… 長生きはするもんじゃ。世界広しと言えども、人魚と貿易をする人間なんぞ儂の商会だけじゃろうて」


 機嫌良く笑ったヘバックは、「まだまだ死ねんな」と言い残し、帰っていった。


 その日の内に漁師達は人魚の存在を聞かされ、友好的に接するようになった。もし人魚を狙う人達がいたのなら全力で守る事を義務づけられる。ヒュリピアが網に掛かった事で、既に漁師達の間に噂は拡がっていたようで、大した混乱には至らなかった。


 それからと言うもの、海の上で楽しそうに会話をする漁師と人魚の姿が度々見掛けるようになる。見目麗しい人魚の女性に、漁師達はすっかり虜になり、仕事に支障をきたすといった些細な問題はあったが、概ね上手くいっているようだ。

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