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インファネースとガイゼンアルブの商談が成立した後、領主はマナトライト鉱石とインゴットを手に、護衛を伴い王都へと旅立った。目まぐるしい発見と開発をしている領主は、その度に王に報告と技術の献上をしているので、今ではこのインファネースはリラグンド王国にとって重要な都市として重宝されるようになっていた。
その為王族の力が増し、貴族派の連中に目をつけられる事にはなったが、三大公爵の一人であるマセット公爵と懇意にさせてもらっているお陰で、此方に手を出しづらくなっているようだ。しかし、油断は禁物である。何事も無ければ良いのだが。
取り引きが成立したインファネースの街では、ちらほらとドワーフの姿が見られるようになった。それだけでなく、この街を気に入ったドワーフが、土地が空いている南商店街に店を構えるといった事態が起こる。南商店街に構えたドワーフの店は、硝子細工の店と陶芸家の夫婦が営む店の二つだ。どちらも商工ギルドに登録を済ませ、土地代はシャロットを通して領主から借り受けるという形になっている。
透き通る程の透明感のある硝子細工と気泡を模様に仕立てたグラス。
芸術性の高い陶磁器から家庭用の食器まで、その何れもが鮮やかに色付けされ、線の細やかな絵が描かれていて技術の高さが窺える。
そんなドワーフの店が話題にならない筈はない。珍しさも相まって、瞬く間にインファネースの有名店にまでなった。俺の家もドワーフが作ったグラスや食器を買って使っている。
ドワーフというのは、何処からともなくふらっと現れて、自分の作品を売って酒を買って行き、またふらっと何処かへ消えていく。それが人間達の認識だった。だからこそ、ドワーフが一つの街に腰を据えるのは珍しい事なのだ。
南商店街の人気が一気にドワーフ達の店に集中してしまった為、他の店からのやっかみが心配だった。しかしドワーフ達はその日の売り上げの殆どを酒場につぎ込んでくれるので、金の流れは止まらずに回っているから、特に問題は無かった。
よくギムルッド王が人間の街で店を開く事を許可したなと思い、ドワーフの陶芸家夫婦に聞いたところ、
「あぁ、もう一度千年前のように、様々な種族が暮らす光景が見たいと仰られてな、ワシ等がこの街で店を構えるのに快く許可をくださった。先ずはワシ等ドワーフが積極的に動き、他の種族達の足掛かりになればと、王はそうお考えのようだ」
人間達と積極的に交流を図り、人間達には他種族の扱い方を、他種族には人間社会への興味と切っ掛けをと画策している訳だな。その初めの一歩が硝子細工と陶芸という、戦闘面から程遠い技術を表に出す事で同じ轍を踏まないようにしているのだろう。
他のドワーフ達も、新鮮な海の幸が目当てで良くインファネースに訪れていた。中央広場では、酒代を稼ごうと出店を開くドワーフも出てくる次第である。そんなドワーフ達をカラミアや他の商店街の代表達は見逃す訳もなく、専属契約や自分達の商会へとスカウトするが、金や権力に靡かないドワーフ達に悪戦苦闘しているようだ。
ドワーフ達がどうやってインファネースまで来ているのかと言うと、勿論俺の店の地下からである。表の入り口からだと目立つので、裏口から直接地下に行けるように内装を作り替えた。街の門を通らず、気付いたらいるドワーフ達に初めは驚き、疑問を感じていた街の住人達だったが、元よりドワーフは神出鬼没の種族だったのもあり、そういうものだと受け入れらるのにそう時間は掛からなかった。
その内地下の転移門だけでは足りなくなると踏んで、地下鉄をインファネースの近くまで拡げる計画が上がっているらしい。
ドワーフ達が多く訪れるようになり、インファネースは益々賑やかになった。それに伴い他領からの旅行者も増えてきている。その分色々とトラブルも増えたけど、概ね平和であると俺は思っていた。
だけどこの世界は、平和とは程遠い方へと向かっているのに俺はまだ気付いてはいなかったのだ。
「えっ? レグラス王国へ行くんですか? 」
「うん、ライル君はあの時のオーク達を覚えているかい? あのオークが最期に言った言葉、オークキングについてだけど、どうやらその存在が濃厚になったようなんだよ」
何時ものように店を開き、デイジーやガンテに文句を言っていたお昼頃、クレス達が店に訪れて最北の国、レグラス王国に行くと言ってきた。
「オークキングはレグラス王国の近くにいると? 」
「…… その可能性は高い。レグラス王国の冒険者ギルドがオークの集落を発見。近々大規模な討伐を行うので、全国から冒険者を募っている。それに私達も参加する」
相変わらす眠そうな目をしたリリィが淡々と説明をする。
「その集落にオークキングが? 」
「いや、オークキングの確認はまだされてはいない。だけど、その集落にはオークジェネラルが三体も確認されているのだ! あのオークジェネラルが争いもせずに三体も、だ! しかも統率の取れた動きをしている。これはオークジェネラルよりも上の存在がいると示唆しているというもの! オークジェネラルを束ねる事ができるのはオークキングしかいない。よって、オークキングの存在が確定したという事で、本格的にオーク達の討伐を始めたという訳なのである! 」
レイシアの張り上げた声は、そんなに広くはない店内に響き渡る。
成る程、それで発見した集落を完全に叩き潰そうと動き出したのか。冒険者ギルドや商工ギルドは国に属している訳ではないので、ギルドに登録している冒険者や商人は、国境を自由に越えられる。その代わり、戦争には関わってはならず、間諜の類いも禁止されている。
あくまで冒険者の相手は魔獣や魔物―― たまに盗賊の討伐依頼もあるが―― であり、国同士の争いには参加してはいけない。だからこそ、こういった連携が取れるのだ。
「お気をつけて、オークジェネラルがどれ程の強さかは分かりませんが、ご武運を」
「ありがとう。なに、大丈夫さ。あの化け物よりは弱いだろうからね」
「うむ! クレスのいう通りだ。あの激闘を私達は切り抜けたのだぞ! 安心めされよ! 」
「…… 此方は大丈夫。それよりも、オークだけでなく魔物全般が活発になってきている。この周辺にはゴブリンがいるので、気を付けて欲しい」
そう言ってクレス達は旅立って行った。リリィが言った魔物全般が活発になってきているというのは気になる所だ。この世界に何やら良くない事が起きているみたいだね。