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「ここなら監視もしやすいので、問題ないでしょう。お願いします」
ドワーフの国、ガイゼンアルブの宰相であるエギルに案内されて城から見やすい位置に転移門を設置した。
「ほぅ、変わった転移門ですね。単純な作りだが、何処か趣きがあり不思議な魅力を感じます」
鳥居の形をした転移門にエギルは関心があるようで、熱心に隅々まで吟味している。素人が記憶頼りで作った物だから、細かい所まで再現しきれていないので、恥ずかしいね。心の中で羞恥に悶えていると、後ろから誰かが声を荒らげて近づいてくる。
「城の兵士に呼ばれて来てみれば、何をやっとるんじゃ? 」
「えっ、ドルムさん? 」
赤い髪と三つ編みにした長い髭を持つドワーフのドルムが、城の兵士に呼ばれて、俺達の所へ訪ねて来たようだ。
「おぉ、待っとったぞ。ドルムよ、お主にはライルの住む街に行って貰いたいのだ」
「はぁ? ワシが人間の街へだと? 一体どういう事じゃ? 」
訝しるドルムに俺とギムルッド王との会談の内容を説明する。ドルムは自分が呼ばれた理由が分かると、表情が幾分か和らいだ。
「ワシが人間の街にのぅ。いいじゃろう、その人間の鍛冶師をたっぷりと指導してやれば良いんじゃろ? 」
ドルムの眼が猛禽類のように鋭く光る。どうかお手柔らかにお願いしますよ。
細かな打ち合わせをして、ドルムは荷物整理の為に一旦自分の家に戻って行った。
「あの、クレス達は今どうしているかご存知ですか? 」
「あぁ、知っていますよ。リクセンドの子孫であるリリィを連れて、我が国の観光をしておられます」
なっ!? あいつら、俺を置いて自分等だけで楽しもうと言うのか。俺だって観光がしたいのに! まぁいい、今からでも時間はある。母さんや他の人達にお土産も買っていきたいので、俺もこの街を見て回るとするかな。
ガイゼンアルブには、ドワーフしかいない。魔動列車や魔動車等の魔道具を修理、整備には人間の魔術師を外から呼ぶことがあるらしい。それ以外に人間がドワーフの国に来ることはない。ならば俺がこの街で目立ったとしても、噂は拡がる事もないだろう。
そう考えた俺は、ガイゼンアルブの街中を魔力飛行で自分自信を地面から少しだけ浮かせて、滑るように移動しながら見て回る事にした。すれ違うドワーフ達は驚くと言うより、器用な事をすると言うような顔で感心するだけである。やっぱり、ここではそんなに珍しくはないみたいだ。これで楽に移動が出来るぞ。
しかし、外からのお客がいない為、お土産屋なんてものは見当たらない。生活用品を中心とした雑貨屋と鍛冶屋くらいしかないな。俺は適当に目についた鍛冶屋に入り、防壁の魔術が刻まれた宝石を渡して、首飾りと指輪を作って欲しいと頼んだ。自分で作れば早いのだが、ドワーフが作った事に意味がある。せっかくドワーフの国に来たんだからね。
首飾りと指輪は、頼んでから一時間もしないうちに仕上げてくれた。早いな、それに丁寧な造りで決してやっつけ仕事ではないと窺える。
その後は街を回って、この工場地帯風な街並を堪能する。ドワーフ達は鍛冶屋以外にも、趣味で陶芸や木工、裁縫等のものづくりをしているので、民家の側には必ずと言って良いほど作業場が設けられている。作業場だけでなく民家にも管が通り、煙突から煙がモクモクと立ち上っていた。料理でもしているのだろうか。だが驚くべきはその数だ。街にある全部の家から煙が出ているように見えてしまう。一体何を燃やしているのか? ドルムの火炉は魔力を熱に変換する魔道具だったので煙は立たなかったが、他の所は違うようだ。周りは岩山に囲まれていて燃料となる木は生えてはいない。
金属を打ち鳴らす音が四方から聞こえてくる。カンッカンッと小気味良い音が響いていた。沢山の音が合わさり、一つのリズムを形造る。そのリズムに合わせ、ムウナが魔力収納の中で踊り始めていた。ムウナにかかれば、どんな音でも踊りに繋がってしまうな。楽しそうだから別に良いんだけどね。
どうやらこの街には、食材を売る店はあっても料理屋に当たる店は無いようだ。通行中のドワーフに聞いた所、料理を出すのなら酒も出さないといけないらしい。ドワーフにとって酒は水よりも飲まれている。だがドワーフが店の為とは言え、酒を他の人に出すのは嫌だと思うようで、なら自分で飲むと言う結論に至ってしまい、店は成り立たなくなってしまうのだそうだ。ガイゼンアルブには酒場や酒屋が出来る日は来ないだろうな。
それと、ドワーフ達が燃料として使用しているのは “白煙炭” と呼ばれる石炭の一種だということも分かった。火力は半無煙炭と瀝青炭の間くらいで、真っ白い煙が上がる事から、その名前がつけられたらしい。
街を充分に見て回ったので城に戻ると、クレス達も丁度戻ってきたようで、王城の入り口で出くわした。
「やぁ、ライル君。君も観光かい? 」
「はい。母や他のお世話になっている人達にお土産を買うついでに色々と見て回りました」
「僕達も似たようなものだよ。ドワーフの作った物は何れも丁寧で綺麗な物が多いからね。良いお土産になるよ」
俺とクレスがそのような話をしている中、魔力収納ではリリィとレイシアがエレミアやアンネと購入した物を見せ合い、話に花を咲かせていた。ムウナも最初は興味深そうに聞いていたのだが、途中から飽きて寝てしまった。魔力収納内の家は、女性達の声で賑やかになっている。女三人寄れば姦しいとは言うけども、こっちは四人だ。だいぶ盛り上がっているよ。
俺達は城でもう一泊して明日、インファネースに帰る事にした。