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謁見室で待っていると、ギムルッド王は約束通り来てくれた。
「待たせたの。して、相談とはなんじゃ? 」
「はい、私めは、リラグンド王国にあるレインバーク領のインファネースという港湾都市に店を構えております。私めが店を構えている商店街を盛り上げる為、是非とも商業的な取り引きがしたいと画策している所存で御座います」
「ほぅ、それは国同士ではなく、個人でという事で良いのかの? 」
「はい。そう捉えて頂けたらと存じます」
ギムルッド王は自分の髭を擦り、少し思案した後、宰相のエギルを呼び出し事の顛末を語る。
「成る程、我が王国と個人的な取り引きがしたいと仰るのですね? 先ずは其方が何を所望するのかお聞かせ願いたい」
「はい、此方が所望するのは、“マナトライト” と “鍛冶技術” で御座います」
鍛冶技術の所でエギルの顔がピクリと反応した。
「マナトライトは分かりますが、鍛冶技術とは? 」
「マナトライトの加工技術が欲しいのです。私めが店を構えております商店街の鍛冶屋に、マナトライトと共に技術も渡したいのです。勿論、他にも教えて頂けるのなら幸いで御座いますが」
エギルがギムルッド王に目線を送ると、王はゆっくりと頷く。
「分かりました。確かに、マナトライトの加工方法を知らなければ意味がありませんからね。それで、此方には何を頂けるのですか? 」
「酒じゃ! それだけは外せんぞ」
間髪入れずにギムルッド王が口を挟む。その様子にエギルは軽く溜め息を漏らすが、すぐに何事も無かったかのように居住まいを正した。
「エルフの里で造っているワインとブランデーなら安定した量を提供できますが、ウイスキーは今のところ私めしか造ってはいませんので、満足頂ける程の量は難しいかと存じます」
「なに、ウイスキーはワシだけ楽しめればそれで良い。他の者にはワインとブランデーで充分じゃろうて」
そんなに堂々と言って宜しいんですかね? 隣のエギルがものすっごい睨んでますけど。
「それと、私めの店の地下とこの国を繋ぐ転移門の設置を許可して頂けませんでしょうか? 」
「お主の店の地下とな? 確かにその方が便利ではあるが、何故に地下なのじゃ? 」
「はい、実は私めの店の地下には、エルフの里と人魚達の住み処近くの島とを繋ぐ転移門が設置してあります。そのお陰で今ではエルフと人魚は、私めの店の地下を通じて交流をしています。これを機にドワーフの皆様も、人魚達との交流を図っては如何でしょうか? 」
人魚達との交流、それを聞いたギムルッド王とエギルは驚きで目を見張った。人魚はおよそ千年の間、他の種族と接点が無かったのだから当然か。
「それは真か? 人魚族とは久しく会ってはいない。確か、女王のリュティスがおる島にはアダマンタイトの鉱床があったな。ライルよ、人魚族との交流があるのなら、お主はアダマンタイトも手に入れておるのか? 」
「いえ、今の私めでは手に余る代物で御座います。人魚達とは海産物を仕入れさせて頂いております。陛下が気に入りましたあの干物と乾物も人魚達が一から作った物なのです」
ギムルッド王は満足気に頷き、目を細めた。
「うむ、賢明な判断じゃな。大量のアダマンタイトは争いを生む。それを止められず、人魚達には苦しい思いをさせてしまった。償いではないが人魚達の力になれるのなら、ワシ等としても有り難い…… 良いじゃろう、転移門の設置を許可する。取り引きも酒だけで良い。フフ…… エルフ、ドワーフ、人魚が揃って交流など、実に千年振りじゃ。これで有翼人が加われば完璧なんじゃがな。あやつらは、自尊心が高すぎる故に一筋縄ではいかんじゃろうな」
ギムルッド王からの許可も貰えたし、取り引きも成立した。何やら王は感慨に耽っているようだが、これだけの種族が交流するというのは千年振りだと言うのだから仕方ない事である。
それにしても有翼人か、ここまで来たのだから会ってはみたい。どんな文明を持ち、どんな物を作っているのか、大変興味がある。しかし、自尊心が高いというのは厳しいな。まともに取り合って貰えなさそうだ。
「有翼人達はそんなに気位が高いのですか? 」
「うむ、あやつらはな、この大陸の中で一番標高が高い山脈に住んでおっての。空も飛べる自分達は特別な存在だと思っておるようなのじゃ。故に空も飛べぬワシ等を見下すような素振りを見せる。本人達にはその気はないと言うておるのじゃが、無自覚にそういう態度を取るもんじゃから、他の種族からはあまり好かれておらん」
うわぁ、無自覚が一番恐ろしい。ギムルッド王もエギルも俺も、皆揃って苦い顔をしていた。
「でも、一度は会ってみたいので住んでいる場所を教えて頂けませんか? 」
「まぁ、会ってみんと分からんからな。有翼人族は東のコウリアン山脈の頂上付近に住んでおる。道は険しく、空からでないと難しいぞ。お主なら大丈夫じゃろうがな。会うのなら気をしっかり持つのじゃぞ。あやつらは人を苛つかせるのは一流じゃからな」
会う前から恐くなってきた。やっぱり止めようかな?
後の事はエギルに任せると言って、ギムルッド王は退室した。俺とエギルは取り引きの細かい内容を詰め、契約書を作成してサインをする。此方は転移門の設置と酒を、あちらはマナトライトとドワーフの職人を一人派遣して貰う形になった。
「あの、封印の遺跡にあった大魔力結晶なのですが、まだ私めの魔力収納に仕舞ったままです。どのように致しましょうか? 」
「ふむ、それは元々人間達が都市のエネルギー源として利用していたものですから、必要なら持って行っても構いませんよ」
それは有り難い。店の地下に設置して店の防犯や転移門等の魔道具発動と維持する為のエネルギーとして利用させて貰おう。
俺はエギルのお言葉に甘えて、大魔力結晶を持ち帰る事にした。