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「皆のもの! 良く集まってくれた! 化け物は打ち倒された。我らの英雄達と、人間の英雄達を称え、存分に呑んで騒いでくれ! 」
王城のパーティーフロアのように広い広間で宴を開始した。街中もお祭り騒ぎで賑やかだ。椅子は無く、立ち食い状態だけど。ドワーフの兵士達とクレス達は囲まれてお酒を勧められていた。当然リリィには果実水である。少し不満気にしているリリィを宥め、一緒に果実水を飲むクレス。ドワーフに勧められ、お酒を勢いよく飲む振りをするレイシア。
そんな彼等を離れた場所で窺っている俺は、豪勢な食事と酒をエレミア達の為に収納していく。
『くそ~、ドワーフどもめ~、わたしだってすんごい頑張ったのに、何で出てきちゃ駄目なのよ! 』
『いいじゃないですか、私はここで落ち着いて食事する方が楽です』
『うまい!! にく! にく! もっと、にく! ほしい! 』
アンネは自分の待遇に不満を抱き、愚痴りながら料理と蜂蜜酒を煽る。それに比べてエレミアとムウナは純粋に料理を楽しんでいるようだ。
『調子はどう? 』
『うむ、悪くはないが、力が入らない。当分は戦闘行為は控えた方が良いだろうな』
ギルの怪我は俺の魔力支配の力で、ギルの体を解析して操り、元に戻した。だけど、体力的な問題で上手く力が出ないらしい。この魔力収納の中で充分に休めば回復すると言うので心配はないだろう。今も人化して、ウイスキーを片手に食事をしている。
「なんじゃ? お前さん、こんな隅っこで呑んどるのか? 」
俺に話し掛けてきたのは、赤い髪と髭を持つドワーフ、ドルムだった。
「あんまり騒がしいのは苦手でして、こうやって遠くから眺めるのは好きなんですけどね」
「ほぅ、まぁ分からんでも無いがな。お前さん方には感謝しておる。やっと終わったのじゃ。見てみろ、王のあのはしゃぎっ振りを…… 余程嬉しかったのじゃろう。王の心からの笑顔を見る日が来ようとは、思いもしなかった。ありがとよ」
そう言ってドルムは、瓶に入ったエールを俺のグラスに注いでくれた。俺もお返しに木の腕を操り、ドルムのグラスにエールを注ぎ、軽く打ち合わす。俺達のグラスから控え目にチンッと音が鳴り、エールを飲んで静かに笑い合った。
その時、オォーという喚声が聞こえてくる。どうやらクレスが酒を飲んでぶっ倒れたみたいだ。ドワーフにしつこく酒を勧められてたからな、観念して飲んだのだろう。メイド達に運ばれて行くクレスを眺めていると、ギムルッド王が笑いながら此方に来た。
「然しもの英雄も酒には勝てんかったか! 申し訳ない事をした」
あぁ…… 王様がクレスに酒を勧めたのか。流石にそれは断れないよな。
「ライルよ、友の罪は赦された。実に感謝する。じゃが、あの化け物が生きているのに変わりない。どうするつもりなんじゃ? 」
「ムウナを召喚した術式は残されておりません。なので元の世界に戻すのは不可能でしょう。ならば、この世界で生きていけるように教育します。もうあんな事が起きないように」
ギムルッド王は大ジョッキ程のグラスに入っているエールを、一気に飲み干し、ニカッと歯を見せて笑う。
「お主なら安心じゃな! ワシ等の力が必要になったら、何時でも訪ねるが良い。この力、惜しみ無く奮おうぞ」
「有り難う御座います。であれば、ご相談したい事がありますので後日、お時間を頂けませんでしょうか? 」
「うむ? そうじゃな、明日の午後に謁見室にて伺おう」
良し! せっかくドワーフの国に来たんだ、ただでは帰れない。南商店街、延いてはインファネースの商業の更なる活性化の為に、是非とも良き関係でありたい。
宴はクレスの途中退場という、ちょっとしたアクシデントはあったが、その他には特に問題は起こらず、夜が明けるまで続いた。夕方からずっと飲みっぱなしとは、ドワーフの体は一体どうなってんのかね。俺達、人間組は徹夜で呑める筈もなく、早々に宴会場から離脱した。
翌朝、まだ酒が残る体に鞭を打って、ベッドから起き上がる。軽めの朝食を頂き、魔力収納の中を楽しそうに動き回るムウナを観察しながら、王との約束の時間までの暇を潰す。
過去に食べた事があるのか、ムウナは魔力収納の中で馬の姿になってルーサと一緒に走ったり、鶏の姿になって餌を啄んだりしながら遊んでいた。
ムウナの体は不思議な位に変幻自在である。普段は俺の膝位の大きさで、スライムのような楕円形をした黒い肉の塊って感じだが、ルーサと同じ大きさの馬にもなれるし、鶏と同じ大きさにもなれる。見た目と質量が合わないのだ。
ギルの人化ように、魔力で体を変化させているのなら分かるけど、ムウナは魔力を一切持ち合わせてはいない。ギルもアンネも分からないらしい。ムウナにギルと同じ姿になれるのかと聞いた所、
『にく、たりない。もっと、にく、ひつよう』
との事。食べれば食べるだけその身に蓄えて、大きいものにも変化出来るという訳か? 蓄えた分の体は何処に保存してあるのだろうか? 聞けば聞くほど疑問が湧いてくる。
『こういうのはね~、考えるだけ無駄よ! そういうものだと、さっさと受け入れちゃえば楽ってもんよ! 』
アンネ、それは思考放棄というやつだぞ。例え謎が解明されずとも、常に疑問を抱き、考え続けなければ前に進む事は出来ない―― まぁ、アルクス先生の受け売りだけどね。
そんなこんなで時間が過ぎていき、俺はギムルッド王と会うため、謁見室に向かった。