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ああ…… なんて楽しいんだ。異形達が輪になり踊る光景を横目に、俺と男の子は踊る。ときには回り、ときには跳ねたり、リズム感なんか何処かへ投げ捨てたかのような、出鱈目なステップ。体の至るところに目玉と口がある男の子と笑顔で踊る。
その内だんだん可笑しくなって笑い出す。異形の男の子と一緒に大声で笑いながら踊る…… 踊る…… 踊る…… 狂ったように鳴り響く笛と太鼓の音色が、俺の心をグチャグチャにかき混ぜる。恐怖も、哀しみも、幸せも、喜びも、皆混ぜてしまえば良い。さあ、踊り続けよう。死ぬまでずっと……
『………… っ!! ………… ル!! …… イル!! …… ライル!! 』
何処からか声が聞こえる。うるさいな、人が気持ち良く踊っているというのに。
『…… ライル!! しっかりして! 戻ってきて!! 』
ライル? 誰だそれ? ていうかあんた誰?
『ライル殿! 正気に戻るのだ!! 』
え? 嫌だよ。狂っていた方が楽で愉しいのに、何で正気になんかに戻らなければならないんだ?
『くぉらぁ!! しっかりしなさいよ! あんたねぇ、こんなのに呑まれてないで、さっさと戻りなさいよ! わたし達にはまだやるべき事があるでしょ!! 』
『ライル、お願い…… こんな所で貴方を失いたくないの』
この声は一体、何なんだ? でも、何処か懐かしい。俺はこの声を知っている? そもそも俺って誰だ? 自分ってなんだ?
『ライル君!! 』
『…… ライル!! 』
『こら! ライル!! 』
『ライル殿!! 』
『ライル!! 』
………… ライル? …… なまえ? だれの? …… おれの、なまえ?
おれは、俺は…… 俺の名前はライル。前世はしがない日本のサラリーマン。何の因果か異世界で記憶を持ったまま、両腕と片目の視力が失った体で生まれ変ってしまった。
でも、自分が不幸だと思った事はない。頼もしく信頼できる仲間達に恵まれ、自分の店も持てた。家では母さんが俺の帰りを待ってくれている。
なんだ…… 狂う必要なんて無かった。俺は充分に幸せじゃないか。
「もう、おわり? 」
踊りを止めて立ち尽くす俺に、異形の男の子は顔を傾げては此方を見上げている。
「ああ、終わりだよ」
「そっか…… ざんねん、だ」
無表情でそう言うと俺から離れて、また記憶の映像である異形の者達の踊りを、体育座りで見つめ始めた。今も俺を呼ぶ声が聞こえてくる。俺は魔力念話の要領で返事を送った。
『もう、大丈夫だ。ありがとう、助かったよ。今どんな状況か教えて貰える? 』
『ッ!? あぁ…… 良かった。ライル、心配したんだからね』
この声はエレミアだな。大分心配を掛けたようで、申し訳ない。後でたっぷりと説教を受ける覚悟をしなくちゃね。
『ライル! 今はまだ辛うじて化け物と魔力で繋がっている状態よ。この繋がりが完全に切れてしまったら、あんたの精神は化け物の中に取り残されてしまう。そうなったらあんたは廃人同然よ! 』
『廃人は勘弁して貰いたいね。どうやったら戻れるんだ? 』
『今からわたしが、あんたの魔力を通して道を作るから、それを辿って来んのよ! いい? 絶対に道から逸れちゃ駄目だかんね! 』
ふと気付くと、頭上から光の筋が降りてくる。これがアンネの言っていた “道” ってやつか。光の筋の中は強く輝いているが、不思議と眩しいとは思わない。この中を辿って上がれば良いんだな。
「ばいばい、さよなら」
背後から声を掛けられ振り向く。そこには、今まで一緒に笑い合いながら踊っていた異形の男の子が立っていた。この子はずっと、故郷の音色と踊りを見ていたのか。千年の間、ずっと…… 勝手に呼び出され、封印され、一人でずっと故郷を夢見ていた。何が正しいのか俺には分からない。だけど思わず口にしてしまった。きっと、俺はまだ少し狂っていたのだろう。
「一緒に来るか? 」
異形の男の子は驚いたように、体中にある目を大きく見開いた。
「いい、の? 」
「ああ、でも約束してくれ。食事は此方で用意するから、俺の許可なく生き物を食べないでほしい」
「わかった、やくそく、する」
俺達はそう約束を交わし、異形の男の子はしっかりと俺の腰にしがみ付く。それを確認した後、光の筋の中を昇って行く。途中あの白い影達がいたけど、光の中には入れないようで、悔しそうに怨嗟の声を上げながら揺れていた。俺は彼等、彼女等の声には囚われず、ひたすらに上を目指す。
「そう言えば、まだ名前を言っていなかったな。俺はライルだ。君の名前は? 」
「な、まえ? なまえ、ない」
そうか、名前が無いのは何かと困る。確か、前世の有名な創作の神話に、似たような化け物が出てくるものがあったな。その中から少し拝借するか。
「それじゃあ、今から君は “ムウナ” だ。これからよろしく、ムウナ」
「ムウナ? …… ムウナ! ムウナ! なまえ、ムウナ! あり、がと。ライル、ムウナと、おどって、くれた。これ、からも、いっしょ、おどる! 」
どうやら気に入ってくれたようだ。今も自分の名前を嬉しそうに連呼している。そんなムウナを引き連れて光の道を昇る。
段々光が強くなっていき、視界が白に染まる。それでも尚、上を目指して行くと、白に染まった視界がクリアになっていった。
目に映るのは、青い空と俺を見下ろすアンネとエレミアの顔。耳に聞こえるのは、ギルの雄叫びと地鳴りの音。俺は、戻ってきたのか。エレミアはゆっくりと俺の上半身を起こしてくれた。
「お帰り、ライル」
「ただいま、エレミア」
俺達は少し困り顔で頬笑み合う。
「まったく! わたし言ったよね? 何があるか分からないって! 一歩間違っていたら、大変な事になっていたんだからね! 」
「ごめんよ、アンネ。それと、助けてくれてありがとう」
顔を顰めていたアンネだったが、「もう、ほんと世話が掛かるんだから」 と呆れていたけど、何か思い出したかの様に、ある物体に指を差して聞いてきた。
「そういや、 “これ” どうすんの? 何かさ、あんたの魔力と一緒に化け物の体の一部がついてきたんだけど」
アンネが指差した方には、黒い小さな肉の塊がウネウネと蠢いている。そう言えば連れてきたんだったな。これはあの化け物の本体だとアンネ達に説明した。
「は? これが本体? じゃあ、今トカゲ野郎と戦っているデカブツは何なの? 」
「ムウナ! ムウナは、ムウナ! よろ、しく! 」
「は? ム、ムウナ? それがあんたの名前? わたしはアンネよ! よろしくね」
俺は化け物の中にいた白い影達の話をした。それを聞いたアンネは、う~ん、と難しい顔で今は多少大人しくなっている巨大な化け物を睨んでいる。
「ちょっとヤバイかも。ライルが見た白い影って言うのは、犠牲者達の残留思念ってやつよ。心、精神、あと他の呼び方は何かあったかな? とにかく、そういうのが何千、何万とあの中に犇めき合っている。しかも、恐怖や憎悪といった負の感情なのも問題だね。ライル、変なものが溜まって体の自由が効かなくなったって言ったわよね? 」
「ああ、ムウナがそう言っていた」
「だとすると、人間達の感情や思念を制御仕切れなくなった訳ね。辛うじて一つに纏めて、誘導するのに手一杯だったんじゃないかな? でも、本体は離れてここにいる。もう “あれら” を抑える者がいなくなった」
アンネの話を聞いて、俺は全身に虫が這い回るみたいな気持ち悪い感覚が襲う。急いでギルに魔力を繋げた。
『ギル! 大人しくなっている今が好機だ! とっておきと言っていたやつを喰らわせてやってくれ! 』
『む? 無事に戻ってきたか。何やら事情があるのだな? 分かった。但し、少々時間が掛かる故、後を頼む』
ギルが力を溜め始めたその時、化け物の巨体が大きく震える。今まで形成していたドラゴンの頭や腕、足は全て形を変えて、人間の足と腕を変化した。そして、化け物の巨体の表面に苦悶と憤怒の表情をした人間の顔が無数に浮かび上がり、口々に叫び出す。
その気持ち悪い叫び声は大気を揺るがし、不快な気持ちを俺達に与えた。




