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小さな塊の化け物の視線を辿ると、そこには化け物そっくりな小さな塊が自身の形をウネウネと変化させながら、異形の者達と踊っている。
「あれはお前なのか? 」
「あれ、お、まえ? そう、おまえ。じ、ぶん? あれ、じぶん」
やはりこの光景はこの化け物の記憶で間違い無いようだ。この世界に召喚される前は、あんな風にずっと踊り続けていたのだろうか。見た目はどうあれ、楽しそうだ。だけど今は自分の記憶を眺めるだけ。
「彼処に戻りたいのか? 」
「もど、り? うん。もどり、たい。おどり、おどった。でも、ひとり。たのしく、ない。みんなと、おどり、たい」
最初は記憶の音楽と映像と共に踊っていたけど、つまらなくて今は眺めているだけって事かな。
「もどれる、おもった。やくそく、した。だされたもの、みんな、たべた。そうしたら、かえれる、いった」
突然目の前の空間が歪み、映像が流れる。映像にはローブを着た人達に囲まれていて、檻の中に入れられる。そして、ローブを着た人達は色々な物を差し出し、観察していた。あの人達は研究員なのだろう。食べた生き物の器官を造り出すと、研究員達は喜んでいた。そして、自分の体を削って魔核や素材を造り、それを研究員達が嬉々として持っていく。そんな映像が暫く続いた。
その日は何時もと違って、部屋がざわめいていた。一人の研究員が大きな麻袋を化け物の前に置いて、中から取り出したのは幼い男の子の死体だった。そして食べろと命令をする。映像はそこで一旦途切れた。
「いろんな、ものを、たべた。そしたら、みんな、よろこんで、くれた。あるひ、おおきな、にくがきた。たべたら、あたまが、すっきりした。ことば、はなせる、ように、なった」
また映像が流れる。研究員や周りの目につく生き物を襲い、喰らっていく様子が化け物目線で繰り広げられていた。映像に映る人達は誰も彼も恐怖に歪んだ表情をしていて、喰われる瞬間の何もかもを諦めた顔がハッキリと映し出されていた。最悪の気分だ。何故こんな非道いことが出来るのか。
「あの、ひとたち、いった。たくさん、たべれば、かえれる。だから、たべた。でも、かえれない。まだ、たりない、おもった。もっと、たくさん、たべれば、かえれる、おもった」
恐らくだが、研究員達は魔核を生み出し、研究に協力してくれたら元の世界に返すと言ったのではないか? それをどういう訳か、沢山生き物を食べれば帰れると思ってしまった。そこに、あの男の子を食べて脳を造り、学習する事を覚えた。その結果、あんな事が起こったのか。ただ、あの場所に戻りたい一心で食べ続けていただけ。そこに悪意も何もなかった。
「生き物を沢山食べても、君は帰れない」
「そっか…… ざんねん、だ」
その言葉には何の感情も読み取れない。こいつにとって、悪いことをしたという自覚はない。むしろ喜んでくれると思っていたのでなかろうか? 誰かがちゃんと教えていれば、そうすればきっと、別の結末を迎えていたのかも知れない。
「もう、必要以上に食べるのは止めてくれないか? 人間や他の種族も」
「…… わかった。もう、たべない。もどれないなら、たべる、ひつよう、ない」
おぅ、凄く素直だな。まぁその素直さが裏目に出てしまったという事か。でもこれで化け物と戦わずに済む。
「でも、もう、とまらない。とめられない」
はい? 何で?
「たくさん、たべた。そしたら、へんなもの、からだに、たまった。からだの、じゆう、きかなく、なった」
それって何かに体を乗っ取られたという事か? もしかして、あの白い影が影響している? 一体あれは何だ? 魔力ではないよな、意思を持った魔力なんて聞いたこともない。なら化け物が今まで喰らってきた者達の魂とか、幽霊みたいなものなのか? それが、化け物の体を操って暴れている? とにかく、ここから出た方が良い。でも、どうやって?
頭を悩ませていると、笛と太鼓の音色が頭に響く。音階も拍子もバラバラで、不協和音よりも不快で不気味な音が、俺の頭をグチャグチャする。くそっ、正常な考えが出来なく、なって…… いく……
良く見れば、皆実に楽しそうだ。見てるだけではつまらないな。
「なあ、一緒に踊らないか? 一人で踊るからつまらないんだ。二人で踊れば楽しいかもしれないぞ」
小さな塊は、ぐるんと勢い良く此方に向き、嬉しそうな声を上げた。
「ほんと? いっしょに、おどって、くれるの? 」
肯定の意味を込めて強く頷く。それを見た小さな塊は、グネグネを体を膨らませていき、顔と手足、胴体を造り出して、俺の腰ぐらいの身長の男の子に形を変えた。顔は普通の人間で、ぼさぼさの黒い長髪。肌の色は浅黒く、肘と膝とお腹の部分がぱっくりと割れて口の様になっていて、中には鋭い牙がビッシリと生えていた。手足は爬虫類の様にごつごつとして、鋭利な爪がついている。胸に額、太腿と体の至るところに目玉がついている。顔だけ見れば可愛らしい男の子だ。
音色に合わせて俺達は踊る。男の子は関節を無視した奇妙でユニークな踊りを、俺は両腕が無いので足だけでボックスを踏んだり、適当なステップで踊っている。男の子は余程楽しいのか、笑顔を崩さない。俺も楽しい、こうして踊っていると、何もかもどうでも良い気持ちになってくる。何も考えられない、考えたくない。そうだ、考えるから苦しいんだ。俺も彼等の様に踊り狂ってしまえば良い。此処でずっと踊っていれば、悩みも何も無くなる。それはとても素晴らしい事だ。
そう、ずっと…… 笛と太鼓の音を聞きながら…… えいえんに……