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腕なしの魔力師  作者: くずカゴ
【幕間】
16/812

侍女クラリス

 

「行ってらっしゃいませ……」


 ライルは私の腕からそっと離れ、出口へと歩いていく。


 あぁ……待って……行かないで……そう言えたらどれほど良かっただろうか……だけど、ただの使用人である私にはその資格はなく、あの子の背中を見つめることしか出来ない。


 もう十年になるのね、あんなに大きくなって……あの子が生まれた時の事は昨日の事のように覚えているわ。


 あの時の私は未来に希望を見い出せずにいた。


 私には婚約者がいた、彼は若い行商人見習いで、仕事のためこの館に訪れた時に出会った。

 一目惚れだった……私はこの人に運命を感じた……向こうも同じだったらしい。


 それから私達は時間を合わせ何度も逢い引きを重ね、遂に私は彼の子供を身籠った。

 その事を彼に伝えたら飛び上がって喜んでくれて、その場で結婚の約束を交わしてくれた。

 女の子ならステファニー、男の子なら“ライル”と名付けよう。


 私は幸せだった……彼と、子供と、私の三人の暮らしをいつも夢見ていた。

 私のお腹が少し出はじめた頃、彼との連絡が取れなくなった。


 彼は行商人だからそういうことは何度もあったけれど、今回は妙な胸騒ぎがする。

 それから何日か経った日の事、彼の同僚が私に会いに来た。そして、私は残酷な知らせを受ける――彼は行商の途中で魔物に襲われ、命を落としたと……


 私は信じなかった、信じたくなかった――そんなはずはない! ここで待っていれば、必ず彼が迎えに来てくれる……そう思うことで何とか自分を保っていた。


 それからは、より一層仕事に励んだ。でないと、不安でどうにかなりそうで……でも、それがいけなかった。私は不注意で足を滑らせ階段から転げ落ちてしまい、お腹を強打した。

 鈍い痛みがお腹から広がるのを感じながら、私の意識は暗い闇へと沈んでいく……


 目覚めたらベッドの上で、傍には医者が控えていた。

 医者は私に無情な宣告をした…………私は……大切な人と……子供を……失った…………



 そこから先はよく覚えていない……ただ淡々と、仕事をこなしていく毎日……もう、何も考えたくなかった。


 気が付けば奥様が産気づいていて、そこで初めて奥様が妊娠していることを知った。

 私は助産師の手伝いのため、出産に立ち合う事になったのだが……



 子供は無事産まれたが、皆言葉を失った――その子供には両腕が無かったから……それだけではなく、顔を含め左半身が火傷を負ったかのように爛れている、子供の泣き声だけが辺りに響いていた。


「――なんだ……この醜い子供は……」


 声のした方へ向くと、旦那様が顔をしかめている。


 助産師が手順通りに子供を布で包み、魔力測定の魔道具へ乗せて子供の魔力を測ると、


「こ、これは! すごい……まだ赤ん坊なのに、この子の魔力量はもう、大人並みにありますよ!」


 しかし、それを聞いても旦那様は、


「ふん、それでもこんな醜い姿では貴族としてやってはいけん、外聞が悪くなるだけだ。早く処分しろ」


 私は咄嗟に旦那様へ懇願した。


「旦那様! お願い致します! それだけは!! どうか……お考え直して下さい………どうか……」


「私は嫌よ! そんな気持ち悪いの、さわりたくもないわ!」


 奥様は声を荒げ、この子を拒絶してしまった。


「ならば、お前が面倒を見ろ。私の役に立つよう育てられたら、それは生かしておいてやる」


「はい! ありがとうございます!! 必ず、立派に育ててみせます」


 私はそっと子供を抱き上げた。腕の中でスヤスヤと眠っている――大丈夫よ……“ライル”……私があなたを守るから……



 最初の数日間は奥様から初乳を貰い、その後は私の乳で育てた。

 不思議なことで、ライルを育てようと決めた日から私の胸は張り、乳が出るようになったのだ。


 一生懸命に私の胸から乳を飲んでいるライルの姿を見ていたら、いつの間にか私の目から涙が零れていた。



 ライルは全く手のかからない子で、お腹が空いた時と粗相をした時以外は泣かなかった。


 一年が過ぎた頃、ライルの体を医者に診て貰うことにしたのだけど、やはりライルの左目は見えてはいなかった。それだけではなく、体の痕も魔術や魔法では消すことは出来ないと言われた。

 覚悟はしていたが、やっぱりつらい……何も出来ない悔しさと惨めさで気落ちしていたなか、素晴らしい出来事が私を待っていた。


 ライルが私の名前を呼んでくれた!! 舌足らずだったけど、ちゃんと私の名前だとわかった。凄く嬉しい! 嬉しすぎて涙が出てしまうほど……私はライルを抱きしめ頬擦りしたら、ライルもきゃっきゃっと嬉しそうに笑ってくれた。



 五歳を迎えた頃、ライルは魔術や魔法に興味を持ちはじめたので、私は旦那様を説得し家庭教師を雇う許可を頂いた。


 ある日、ライルが魔法を見せて欲しいと言うので見せてあげたら、目をキラキラさせて喜んだ。だが、その後の言葉を聞いて私は耳を疑った。

 なんと! ライルは魔力が見えると言うの! ちょっと意地悪して確認したけど、本当に見えるみたい。これは凄い事だと言っても、ライルは探せば他にもいると言う……でも、そういうところがライルらしい。


 ライルはいつの間にか魔力を使い、物を動かせるようになっていた。自慢気に夕食を一人で食べて見せたけど、私は素直に喜べなくて、素っ気ない態度になってしまった。

 ライルが少し落ち込んでいる、悪いことしちゃったかな? でも、しょうがないよね……お世話出来る事が減って、寂しかったんだもの。



 魔術の家庭教師が来てくれた。ライルを見たとき少し驚いていたけど、すぐに何事も無かったかのように自己紹介を始めた。

 うん……この人なら大丈夫そうだ、ライルも心を許したみたい。


 ライルはこの三年で教師の方が驚くぐらいの早さで、勉強を進めた……もう、基本は完璧だそうだ……やっぱりライルは凄いのだ と改めて思った。

 しかし、その事を旦那様にお伝えしても、認めては貰えず……その後もライルは自分で出来る事を探し、努力してきた。でも認めて貰えないまま、二年が過ぎ――今、ライルは王都へ旅立つ……





 私はライルから生きる力を貰った。一生懸命生きようとする、その姿に……なのに、ごめんね……肝心な時に力になって上げられなくて…………こんな私を許してとは言わない…………無事に戻ってきて、待ってるから……私の愛しい子…………

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