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腕なしの魔力師  作者: くずカゴ
【第七幕】郷愁の音色と孤独な異形者
156/812

19

 

「お前さんら、明日には防具が完成するから、今日はワシの家に泊まっていけ」


 凄いな、そんなに早く作れるのか。だけどクレスは何だか浮かない顔をしていた。


「しかし、そうするとリリィを一人にしてしまう…… 」


「あの嬢ちゃんに関しては問題なかろう。どのみち封印具を作り終えるまで、会うことはないんじゃからの」


 ドルムのいう通りで、クレス達に手伝える事は無いだろう。それは理解しているのか、クレスとレイシアの表情は晴れない。


「クレス、ここはドルム殿の提案に従った方が良い。私達に今出来るのは、来るべき戦いに最善の備えをする事しかない」


「…… 分かった。ドルムさん、一晩お世話になります。僕達に何か手伝える事はありますか? 」


 二人とも今日はドルムの家に泊まると決めたようだ。


「そうじゃの、食料の買い出しを頼まれてくれんか? 店の場所は街の地図を渡すから、迷う事はないじゃろう。ライルはワシの補助を頼む」


 補助って一体何をやらせるつもりなんだ? 地図を渡されたクレスとレイシアは買い出しに行き、この場にはドルムと俺の二人だけが残った。


「あの、俺は何をすればいいのですか? 」


「なに、そう難しい事ではない。お前さんのスキルで、この鉱石達を製錬して純度の高いインゴットにして貰いたいんじゃよ。ワシ一人でも出来るが、時間が掛かるでな。後はお前さんの魔力を借りたい。この火炉は特別製での、魔力を熱に変換する魔道具なんじゃ」


 そう言うとドルムは、炉に魔力を込めて火を入れた。成る程、そうやって使うのか。俺も炉に魔力を注いで中の温度を上げて行く。アダマンタイトのインゴットが炉の中で赤くなると、ハサミで取り出し、鉄床の上で大きめの槌で叩いては伸ばして、また炉に入れて取り出して叩いてを繰り返しながら形を自在に変えていく。早くて正確な槌捌き、力強く繊細な動き、その表情は真剣でどこか鬼気迫るものを感じた。これがドワーフか。


 俺はドルムの鍛冶を観察し続ける。手順やイメージを頭に刻み込みたかったのだ。魔力支配のスキルがあればどんな金属だろうと加工することは出来るが、鍛冶の知識が俺にはない。その為、何処か粘土細工のような感じになってしまい、既存の物を忠実に真似る事しかしなくなっていった。


 ここで、鍛冶というものを少しでも学び、強く印象付ければ、俺の作る物に良い影響がでるかも知れない。そう考え、ドルムの一挙手一投足を見逃さないよう注視した。その間も、自分の仕事はちゃんとこなしている。炉に魔力を注いだり、必要な鉱石をインゴットにしたり、ドルムが両手持ちの大きい槌を使用するときは、俺が魔力で支えたりとサポートしていった。


 ドルムの技術は目を見張るものだった。ただの金属の塊が、槌で叩くだけで、見る見るうちにその形をかえていく。熱しられ赤くなった金属を叩くと、現れてはすぐに消えて行く火花に不思議な魅力を感じてしまう。


「どうじゃ? 美しいじゃろ? ワシはこの瞬間が好きなんじゃ。力と想いを込めて叩くと、その分火花は明るく輝き散ってゆく。まるで、ワシの魂を少しずつ注ぎ込んどるようでの、そうして完成したもんは、全て自慢の一品になる。それがワシの生きた証であり、誇りなんじゃ。お前さんなら分かるじゃろ? じゃがな、ワシのようにはなるな。ワシはドワーフの中でも異質じゃ、鍛冶狂いとも呼ばれとる。鍛冶が出来ればそれで良い。この五百年、己の全てを捧げてきた。炉の光と、熱、目の前の金属を叩く音、ここがワシの居場所じゃ。金属をぶっ叩いておるとな、あれこれと画策しておったことが頭から消えて行き、もっと良い音を、もっと綺麗な火花を…… そして終いにはそれさえも無くなり、ただ無心で槌を振るう。何日もひたすらにな…… ライル、こんなワシじゃから言える事がある。ひとつのものに拘るのは決して間違いではない。じゃがな、度を越えれば周りを不幸にするだけじゃ。もう一度言う、ワシのようにはなるなよ」


 それから先、クレス達が買い出しから戻って来るまで、ドルムは口を開く事は無かった。


 鍛冶に拘り過ぎたドルムは何を失い、何を得たのか、それは分からない。ただ、一人で住むには部屋数の多い広い家と、何処か寂しげな背中で黙々と鍛冶をしているドルムの忠告は、俺の心に深く残った。


 適当に食事を済ませると、クレス達は中庭で稽古をし、俺はドルムの手伝いで時間が過ぎていく。


「それじゃあ、悪いけど僕達は先に休ませて貰うよ」


 夜も更け、クレスとレイシアが眠りについても槌を振るう音は鳴り止まない。既にドルムは何も言わなくなっていた。俺はそんなドルムをずっと見続ける、ひたすらに槌を振るうその姿を。俺の頭の中にはドルムの言葉が反芻していた。決して目指してはいけないと言う男の姿をこの目に焼き付ける。


 気が付くと空が白み始め、小鳥の鳴き声が聞こえてきた。


「なんじゃ、一晩中そこにおったのか? ワシもそうじゃが、お前さんも大概じゃの」


 鍛冶を終えたドルムは、呆れた様子で声を掛けてくる。その顔は嬉しそうな、でもどこか哀しそうな、そんな複雑な表情だった。


「完成したんですか? 」


「おうよ、後は意匠を施し研磨するだけじゃな。見ろ、ミスリルとアダマンタイトの混合鎧じゃ。これなら生半可な攻撃では、傷一つ付かんぞ」


 達成感漂う笑顔の先に、まだ研磨されずに鈍く光る鎧が二組、窓から入る朝日に照らされていた。

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