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「難儀よの…… 使命を果たせば、罪は赦されるというのに」
ギムルッド王は勝手な行動に出たリリィの一族を嘆いた。リリィの先祖であるグレシアム王を友と呼んでいたから、親しかったのだろう。その友の子孫に失望してしまったようで、怒りよりも悲しい眼差しでリリィを見詰めていた。
「…… ご安心下さい。私達には心強い協力者がおります。その者の力があれば、正に百人―― いえ、千人力です」
「ほう! 千人力とな! 随分と大きく出たものじゃ。もっと詳しく説明してくれるか? 」
ギムルッド王の言葉を受けたリリィは、チラリと俺の方へ目線を配る。へ? いやいや! 無理だって! 王様となんて話せないって! 人魚族の女王様は優しそうな雰囲気だったから、何とか話せたけど、ギムルッド王は違う。上手く話せる自信がないぞ。
リリィに視線でそう訴えたが、伝わらなかったようだ。俺は諦めてギムルッド王に顔を向ける。
「お初に御目に掛かります。私めはライルと申します。偉大なる陛下に拝謁する機会を設けて頂き、光栄の至りに存じます」
「うむ、してライルよ。お主はリリィの言うような強き者なのか? とてもそうは見えんがな」
訝しげに俺を見据えるギムルッド王。ここは隠し事は無しでいくしかない、リリィもそのつもりで俺に任せたんだしな。
「陛下、私めは魔力支配というスキルを神から授かっております。そのスキルの力で、かの厄災龍ギルディエンテの封印を解き、契約を交わしました。今回の化け物討伐に関しましても協力してくれるそうです」
ギムルッド王は頭痛でもするのか、右手で自分の額を押さえていた。
「少し待て、頭を整理したい…… 魔力支配とは、あのお方が授ける支配系のスキルの事じゃな? それだけでも十分な戦力になるのに、ギルディエンテじゃと? 確かに、控え目に見積もっても千人、いや、万の軍勢にも等しい。それが真実ならばの」
う~ん、話を盛りすぎたと思われたかな? 信じて貰うには。ギルを表に出せば手っ取り早いのだけど、頼んでみるか。
『あのさ、ギル…… 申し訳ないんだけど―― 』
『―― 皆まで言うな。我が出れば良いのだろう? 任せよ』
そう言うや否や、ギルが人化した状態で魔力収納から出てきた。いきなり姿を表した見知らぬ男に、ドワーフの兵士達はざわめき、斧を抜こうとする。
「止めよ!! …… この身が凍る圧力と雰囲気、本物のギルディエンテか」
ギムルッド王は慌てた様子で兵士達を抑え、俺達が跪いてる横に腕を組み、凝然とした姿勢で佇むギルに驚愕の眼差しを向ける。その額にはうっすらと汗が滲み出ていた。
「久しいな、ドワーフの王よ。貴様が作ったあの鎖は、大分我を苛つかせたぞ」
「あ、あれは化け物を封じる為に作ったのだ! それをお主に使ったのは人間達である。ワシらは反対したのじゃぞ」
ギルを封じていた鎖を作製したのはドワーフ達だったのか。流石の王もギルに暴れられたら困るので、必死に弁解している。
「まぁいい、そのお陰と言うわけではないが、こうしてライルと出会えたからな。この件は水に流してやろう」
その言葉にドワーフ達はホッとしていた。ギムルッド王も深く息を吐き、居住まいを正す。
「ライルよ、疑ってしまってすまなかったな。ギルディエンテがいるのだ、お主のスキルも本当の事なのだろう。これはもしかすると、倒せるのかも知れんの」
髭を撫でながら、ギムルッド王は笑みを浮かべる。ギルの戦いをその目で直接見たのだろう、期待に胸を膨らませているようだ。
「おっしゃー! 今回はわたしも協力しちゃうよー。大いに期待しなさいよね! 」
魔力収納からアンネが元気に飛び出してくる。せっかく纏まりかけた空気を乱さないでくれるかな? 申し訳ない気持ちでギムルッド王を見ると、何だか様子がおかしい。目を見開き、額から玉のような汗がでている。しかも体が少し震えているのだ。ギルと対面した以上の反応だ、隣に佇む宰相も同じ反応をしている。いや、この二人だけではなく、ドルムやドワーフの兵士達も皆同じ反応をしていた。一体どうしたというのか?
「き、き、貴様はアンネリッテ!! 何しに来おった! 協力じゃと? あの様な事を仕出かしおって、今更何を言っておるんじゃ! 」
ん? ギムルッド王のあの尋常じゃない怒りと怖れ。何をしたんですかね、アンネさん?
「んえ? わたし何かしたっけ? 」
当の本人は見に覚えが無いのかポカンとしている。その様子を見たギムルッド王は体を大きく震わせて叫んだ。
「貴様は!! ワシらにあんな事をしたというのに、覚えておらんのか!? あれは紛れもない悪夢じゃった…… 思い出したくもない。やっと国民達の心の傷が癒えてきた所なのに…… お主の力は要らんから、もう放って置いてくれ」
「なによ~、せっかくわたしが協力するって言ってんのに、つまんないの。また皆を誘って遊びに来てもいいんだよ? 今度は頭もツルツルにしてあげちゃおうかな! 」
「やはり覚えておるではないか!! はぁ~、この場所が妖精にばれてしもうた。最悪じゃ、またあの悪夢が再び巻き起こるというのか」
最初の威厳は何処へやら、すっかりと疲労したようで草臥れている。よく分からないがフォローはしておこう。
「あの、陛下。アンネが何をやらかしたのか存じませんが、私めがこの国に迷惑をかけぬよう、しっかりと抑えておきますのでご安心下さい」
「おお! それは真か? 有り難い。出来ればワシらの国にいるときは、その “悪夢の化身” を外に出さないでくれんか? 国民達が混乱するやも知れんからの」
ほんとに何をしたんだよ? もうトラウマもんじゃねぇか。ギムルッド王の言う通りにアンネは外に出さない方が良さそうだな。そのアンネはというと、「なによ、ちょっと皆で悪戯しただけじゃない」 と、ぶつくさ言いながらギルと一緒に魔力収納の中に戻っていった。
妖精のちょっとは信用出来ない。ドワーフ達の反応を見て、俺はそう学んだ。しかし、俺の中には “厄災” と “悪夢” が住んでいるって事か、何とも物騒な話だね。