12
ラプツェルの町から北に一日半、農業地域のとある村、そこから西に馬車で十数時間ほど行くと、岩だらけの荒れた大地が顔を出す。 凸凹とした道は馬車に適していないので、ここからは徒歩で進んだ。
「…… あれが、地下への入り口」
そう言ってリリィが指を差す先には、周りに転がっている岩よりも一際大きい岩が堂々と鎮座していた。
「これが、そうなのかい? 僕にはただの大岩にしか見えないけどね」
「うむ、紛うことなき大岩であるな」
クレスとレイシアが大岩ペタペタ触りながら不思議な様子で調べているが、入り口らしきものは見つからない。
「この岩、魔力を感じるわ。何かしらの魔術が発動してるわね」
エレミアには何か感じるようだ。俺も視える、あの大岩を包む魔力とその流れが。
「…… これが隠蔽の魔術。恐らく、この岩のどこかに地下へ行く入り口が隠されてる。ライル、お願い」
リリィに頼まれ、俺は大岩を包む魔力と自分の魔力を繋いで解析を始める。
成る程、これが隠蔽の魔術か。この魔術は魔力で見た目も質感も大岩と同じ物を創り出し、入り口に蓋をしている感じだな。この魔術を維持する魔力は地下から来ているようだ。この魔力の供給を切ってしまえば術は止まるだろう。
もう少し術式を調べてみると、どうやらこの術式は特定の波動をもった魔力にしか反応しない仕組みになっている。魔力の波動は細かく視ると一人一人違う、なので波動を感じ視れる俺は魔力だけで個人を判別出来る訳だが、そんな細かいものは俺の頭では覚えていられない。
この魔力の波動は種族でも、大まかな違いがある。人間、獣人、エルフ、人魚と視てきたが、種族で波動のパターンが一緒の部分があると分かった。それで言うとこの魔力は、エルフの里に塩や鉄製品を持ってきていたドワーフのものと酷似していた。話した事は無いけど、勝手ながら視てしまったので覚えている。
俺の魔力支配は、自身の魔力の質と波動も思いのままに変えられる。それを使えばこの魔術を普通に止められるな。無理矢理停止させるより安全だと判断した俺は、正規の手続きで魔術を止める事にした。
自身の魔力をドワーフだと思われる魔力に変化させ、大岩にかけられている隠蔽の魔術を止めた。すると、岩の一部が霧のように掻き消え、中から下に続く階段が現れる。
「驚いたな、こんな所に階段があるなんて。これがリリィの言っていた地下への入り口か」
クレスは慎重に階段を調べ、異常がない事を確認すると、先頭を切って階段を降り始める。魔術を再発動してから俺達もその後に続いた。
中には光を発する苔が自生していて思ったより明るいけど、天井が低くて中腰にならないと降りて行けない程に狭苦しい。ドワーフサイズって事かな?
長い階段を降りて行くと、広い空間に出た。床は石畳で、アーチ状の天井。まるで地下トンネルのような空間だ。俺達は何処までも長く続いているであろうトンネルの壁から入ってきた事になる。左右を見ても先が確認できない程長いトンネルだ。
少し床が高くなっている場所に俺達は立っている。その先には四本の細長いものが敷かれていて、トンネルの先まで伸びていた。これはレールに似ているな。もしかしてここは地下鉄なのか? まさか、いくらドワーフが鍛冶に優れているからと言って、地下鉄はないよな。
そんな筈はないと考えを改める為、頭を軽く振って持ち直そうとしていたら、トンネルの奥から光が見えてくる。その光は此方に近づいているようで、どんどん大きくなっていく。その光を発する物体を見て、俺は開いた口が塞がらなかった。
それは六つの車輪がついている金属で出来た箱形の乗り物で、それと同じ物が三つ、互いに連結している。形は大分違うが電車だよな…… おい!これってやっぱり地下鉄じゃねーか! どうなってんだよ、ドワーフの技術力ってのはよ!
電車のような乗り物は速度を落とし、俺達の前で止まると側面にある扉が横に開いた。そして、中からずんぐりむっくりした人が出てくる。髪も髭も長く、体の半分まで伸びていて、腕は太く逞しい。長い顎髭は三つ編みにして纏めている。
「おどりゃあ!! 何処から入ってきた! ここはワシら以外入れん筈じゃぞ! 」
トンネルに長く反響する程に響く怒声は、俺達の体を大きく跳ねさせた。物凄い声だな。俺の半分くらいの身長なのに、何処にそんなパワーがあるんだ?
「さっさと出ていけ! ここは人間が来ていい場所じゃねぇ! 」
うわ、かなりお怒りのようだ。真っ赤な顔で、今にも破裂してしまうんじゃないかと思う位に、額に浮かび上がる血管がピクピクと動いている。そんな激怒しているドワーフにリリィは平然と近寄って行く。それに気づいたクレスが慌てて止めようと手を伸ばすが間に合わず、その手は空しく宙を切るだけだった。
なんの迷いもなく近づいてくるリリィに、思わずたじろぐドワーフだったが、直ぐに持ち直して臨戦態勢に移る。それを見たクレス達はすかさず剣の柄に手を掛け、いつでも抜ける準備をする。正に一触即発の空気の中、リリィは首からペンダントを取り出し、ドワーフに差し出した。
ドワーフは怪訝な面持ちをしたまま、差し出されたペンダントを素直に受け取る。
「な、なんじゃい。これがどうし、たっ…… て…… っ!?」
初めは意味が解らず受け取ったペンダントを眺めていたドワーフだったが、ペンダントにつけられている装身具を見ると目が飛び出るかと思うほど見開き、言葉を失っていた。
「お…… おい!! これを何処で手に入れた! 答えようによっては、ただでは済まんぞ! 」
出会った時よりも怒気を含んだ言葉に、俺の額から汗が流れる。それでもリリィは淡々と答えた。
「…… これは、私の父から譲り受けた物。父は祖父から、祖父は曾祖父からと、代々受け継がれてきた」
「な、なんと…… じゃぁ、お主は、グレシアム王の子孫か? 」
「…… そう、私の名は、リリィ・グレシアム。リクセンド・グレシアムの直系の子孫。盟約に従いドワーフの国に行くので、連れていって貰いたい」
あれほどの怒気がすっかりと萎んでしまったドワーフは、限界迄に見開いた眼でリリィを見詰め続けていた。