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罪人の末裔。その言葉を口にするリリィの苦悩はいか程であろうか? 産まれながらにして罪人であると宣言するリリィの心情は、察するに余りある。
「…… 私達一族の都合に貴方達を巻き込んでしまって、申し訳ないと思ってる。私には力が必要だった。その為にクレス達に近づき、利用しようと考えた。軽蔑してくれても構わないから、世界の為に力を貸して欲しい。どうかお願いします」
そう言ってリリィは地面に正座をしたまま深く頭を下げた。所謂土下座に近い姿勢である。
「や、止めてくれ! 頭を上げて…… リリィが何か目的があって僕達に近づいてきたのは、何となく察していたよ。やっと、話してくれたね。僕達はね、リリィが協力を求めて来たのなら喜んで力を貸そうと、話し合って決めていたんだよ。それに世界を救うなんて、まるで勇者みたいだと思わないかい? 」
「リリィの先祖にどんな罪があろうとも、リリィはリリィだ。私達の仲間であるリリィなのだ。断る理由など、ある筈がないではないか」
二人の決意を受け、頭を上げたリリィの目には、うっすらと涙が溜まっていた。
「…… ありがとう」
見捨てられる事を怖れていたリリィ、だけどそれは杞憂だった。このどうしようもない程真っ直ぐなお人好し達は、初めからリリィの全てを受け入れると決めていたみたいだ。
『あの化け物をこの世界に呼ぶ原因を作った者の子孫か。その者が聞いたとされる神の声とは、彼の方のお声だろう。だとすると、彼の方から何かスキルを授かっていた筈だ』
ギルが言う、彼の方とは “生と死を司る神” の事かな。その神から何かスキルを貰ったという訳か。監視の意味合いも兼ねていそうだ。
「リリィ、一つ質問いいかな? その化け物の封印が解けると、何故分かるんだ? 」
リリィは右手の甲で軽く目を拭ってから、少しだけ赤くなったその眠そうな目を此方に向ける。
「…… それは、私には王が授かったとされる、神の声を賜る事が出来るスキル “贖罪の神託” を持っているから。このスキルは神が必要な事を必要な時に、私の心に伝えてくれる。だけど、私の方からは神に語りかける事は出来ない。それと、神の罰により私達一族は魔法スキルを授かれないようになっている」
成る程、そのスキルによって神様から封印が解けると教えて貰ったのか。
「…… 封印の事だけじゃなく、ライルの事も教えて貰った。ライルのスキル、これから行く場所と時間、そしてギルディエンテの封印を解除して共にいるという事を」
だから初めて会ったあの時、俺を厄災を宿す者と呼んだのか。ていうか神様よ、最初っから俺を巻き込む気でいたんだね。
「…… あの時はライルのスキルの重要性をまだ理解できずに、あんな言い方になってしまった。ごめんなさい」
頭を下げるリリィを見て、俺は首を傾げた。はて? 何でリリィは謝っているんだ?
「えっと…… 別に覚えてないから、リリィも気にしなくても良いよ」
そう伝えると、リリィは心なしかホッとしたような表情を浮かべた。しかし、贖罪の神託か…… 神様から一方的に何かを伝えるスキル。そしてリリィの一族は魔法スキルを授かる事が出来ない。魔法スキルとは属性神から授かるのもので、属性神が管理している力だ。まるで自分の力だけでどうにかしなさいと言われているみたいだな。
夜も更けてきたので、ここらで休む事となり、何時ものように俺とクレスが先に見張りをして夜を過ごした。
そして一夜明け、レイシアが操る馬車で昼過ぎにはラプツェルの町に到着した。流石にインファネースよりは小さく感じるが、立派な町だ。建物と道もレンガで出来ていて、何だか落ち着いた雰囲気のする町だな。
宿を取り、馬車とルーサを預けてから俺達は冒険者ギルドへと足を運んだ。全国共通の代わり映えしないギルドの建物に入り、クレス達は受付の人に話し掛ける。俺? 俺はただの付き添いなので事の成り行きを見守るだけ。
話の概要を理解した受付の人は、俺達を広い部屋に案内した。どうやらここは解体部屋らしい。血の匂いが床に染み付いているのか、エレミアは鉄臭いと顔を顰めている。
「では、ここにそのガイアウルフの素材とオークの首をお願いします」
受付の人の言う通りに、俺は魔力収納から解体したガイアウルフの素材とオークの首を取り出した。それを確認した受付の人は、
「確かに、ガイアウルフです。これをオークが飼い慣らしていたのですね? 」
「はい、既に護衛に就いた冒険者が被害にあっていますので、早急な対応をお願いします」
クレスの真剣な言葉に受付の人は軽く頷くと、客室へと通された。
「では、これからギルドマスターにお伝えしますので、こちらで少々お待ちください」
部屋から出ていく受付の人を見送り、俺達はソファーに腰掛けて、ひと息つく。
「ふぅ、思っていたよりすんなりと話が進んだね」
一悶着あるかと思っていたから、何だか拍子抜けだ。
「それは多分、僕達がミスリル級だからじゃないかな? 等級が高いと、それだけで信用もされやすいからね」
うん? ミスリル級? 確か初めて会った時はゴールド級だった筈だよな。
「シャロット殿の護衛任務を成功させた事により、等級が上がったのだ。僅か一年足らずで、ここまで来るのは快挙であると言っても過言ではないぞ! 」
誇らしげに胸を張るレイシアに、クレスはハハハと困ったような笑いを溢していた。