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クレス達が人々から称賛されている間に、俺とエレミアは一足先に宿へと戻っていた。
「ねぇ、あの人達はどうなるの? 助かった人は良いけど、家族を失った人もいるのよね? 」
「う~ん、白状かもしれないけど、俺達に出来ることはないと思うよ。家族を亡くした人達に行く宛がないのなら、個人的にはお勧めはしたくないが、この世界では奴隷になるという道もある。今の奴隷制度が良いのがせめてもの救いだね」
助けたのなら最後まで責任を持てと思われるかも知れないが、流石にそこまでの面倒は見られない。人間はペットじゃないんだ、気軽に面倒を見るなんて言える筈がない。オークから救いだされただけでもラッキーだと思って、その先は自分等で頑張ってほしい。
それよりもクレス達に、何処まで話したら良いのか悩む所だ。もう魔力収納の事は知られてしまったし、いっそ全部話してしまおうか?
そう悩んでいると、ノックの音がしてクレス達が部屋に入ってきた。
「やっぱり戻っていたのか、気づいたらいなくなっていたから少しビックリしたよ」
「すいませんでした。それで、ご遺族の方はどうなりました? 」
俺の質問にクレスの顔が曇る。それを見たレイシアがガシャンと音を鳴らし前へ出てきた。
「うむ、それには私が答えよう。あの者達は予定通りレインバーク領に向かうらしい。丁度良くこの村にレインバーク領に向かう隊商がいたので交渉の末、幾ばくかの金銭で連れていって貰う約束を取り付けた」
「そうだったんですか、それなら一先ず安心ですね」
しかし、クレスの顔は晴れなかった。
「クレスさん、どうしたんですか? 何か不満でも? 」
「これで良かったのかな? ってね…… 結局僕達のした事は、お金を出して放置していると変わらないのだと思ってさ。他に何か出来たんじゃないかと…… 」
「クレスさんは良くやりましたよ。貴方は神様ではないのですから、全てを救うのも、他人の人生を一生手助けし続けるなんて事も無理な話です。だからこそ、せめて目の前の手が届く範囲で、困っている人達を救おうと必死になっているじゃありませんか。立派だと思いますよ。俺には届くような手が無いので羨ましいですね」
最後は冗談混じりで言ってみたが、面白くはなかったみたいで、クレスは苦笑いを浮かべていた。
「ありがとう、ライル君。だけど冗談でも自分を卑下するような事は言わないで欲しいな。今回上手く行ったのは、君のお陰でもあるんだから」
クレスの言葉になんて返したら良いか分からず、何とも微妙な空気になってしまった。
「あ~…… そ、それでだね、ライル君。君の力の事なんだが、話したくないと言うのなら、無理に聞こうとは思わないよ。それとも僕達は信用出来ないかな? だったら信用して貰えるように頑張るさ」
そうだな…… クレス達なら頼めば黙ってくれるだろう。
「少し、長くなりますよ? 」
俺はクレス達に魔力支配の事を話した。その過程で、アンネとギルを紹介したのだが、
「なんと! ドラゴンと妖精とは、これ程心強い味方はない! 」
「あ~、盛り上がってる所悪いんだけどさ。わたし達はライルに協力はしても、人間を守るとかそういうのは興味ないから、そこんとこよろしく! 」
アンネの非協力的な宣言に、レイシアは目を丸くして絶句した。
「なっ!? 何故! 貴方達は人間の味方ではないのですか? 」
「勘違いするなよ小娘。我等の役目は世界の安定だ。その為なら人間に手を貸す事もあれば殺す事もある。要は中立なのだ。その事をゆめゆめ忘れるな」
人化したギルの気迫に満ちた眼光に、レイシアは気圧されたようで、一歩だけ後退した。無理もない、今のギルは人間の姿をしているが、厄災と呼ばれる程のドラゴンなのだ。必要ならば、躊躇などせずに人間達を殺すだろう。
「妖精女王アンネリッテ。まさか本当に実在していたとは…… 貴女は人間である勇者クロトと共に、魔王を倒し人間達を救って来たのではないのですか? 」
「うん? クロトとは一緒にはいたけど、魔王退治には協力してないよ。たま~に手を貸すだけで、人間も救った覚えもないな~。そこのトカゲ野郎も言ってたけど、わたし達はあくまで世界の安定が最優先だからね! 」
クレスにとって驚愕の事実だったのか、ショックで呆然としている。アンネにしてみれば、気に入った人間と一緒にいて好き勝手にしていただけ。一緒に魔王を倒したとか、人間達を多く救ったなんて勝手に言われているが、本人にはその気は全く無かったのだろう。
「なので我等は、そのリリィという娘が言っている世界の危機とやらが真実ならば、協力はしてやる。だが、それが人間同士の下らぬ事情ならば関わらんぞ」
ギルの鋭い視線がリリィを射抜く。それでもリリィの表情は変わらず、眠たそうな目でじっとギルを見返している。おぉ、中々の胆力だな。
「…… それについては大丈夫、貴方は必ず協力してくれる。何故なら、これは貴方のやり残した仕事でもあるから」
ん? ギルのやり残した仕事? 言われた本人もまだ良く分からないようで、不機嫌そうに眉を寄せる。しかし何か思い当たる節があるのか直ぐに目を見開き、驚きの表情に変化した。
「まさか…… “あれ” か、あの化け物が復活するというのか? 」
瞬間、ギルの体から殺気と共に魔力が溢れだし、怒りと怖れが混じった顔をしていた。 “化け物” 、ギル程のドラゴンがそう呼ぶ存在に心当たりがある。それはギルが封印される原因を作った者、千年前に異界から呼び出されたという化け物。確か、ギルと同じように封印されている筈だが、その封印が解けるとでもいうのか?
ギルの殺気で冷えきった部屋で、まるで数人掛りで取り抑えられているかのように誰も動けないでいる中、リリィだけがゆっくりと、それでいてハッキリと頷いたのだった。